#67
マチャは表情から笑みをなくすと、目の前にあるグラスを磨き始めた。
手に取った布をグラスの中に入れ、洗い終えて残った水滴を拭き取っていく。
「……島の外に出て一緒に飲み屋でもやろうってやつだよな」
少しの間をおいて――。
ようやく口を開いたマチャ。
そのときの彼女は、けしてラメルのほうは見ずに目の前のグラスに視線を固定していた。
「そうだよ。こんな島なんて出てってさ。毎日うまいもん食って、映画見て、そんな毎日を過ごそうって話」
「飲みにならいくらでも付き合ってやる。でも、島からは絶対に出ない」
拒否の言葉。
ラメルは、誘いを断ったマチャの横顔を見ると、口をつぐんだ。
だが、すぐに普段の調子で声をかける。
「じゃあ、煙草一本くれよ。ちょっと今切らしちまってさ」
マチャはシャツのポケットに手を伸ばして、煙草の箱をラメルの前に差し出した。
ラメルはそこから一本の煙草を摘まむと、カウンター内から出て行く。
「一服してくる。あの子らも来たし、店も落ち着いてきたし、別にいいだろ」
そして、マチャの了解も得ることなく店の外へと出て行った。
ラメルが店を出るとは、外はもう夜だった。
彼は早速もらった煙草に火をつけ、紫煙を吐き出す。
「振られちまったな……。まあ、当然か……」
そう呟きながらラメルは思う。
このまま島にいたら、マチャは確実に命を落とす。
それは彼女がロッキーロードのように弱いからでも、相手がこの人工島テイスト·アイランドの支配者だからでもない。
あの緑髪の女――マチャが誰よりも優しいからだ。
この島を変えようとする人間なら、他人を駒として見れるほどの非情さが必要。
だが、マチャにはそれができない。
彼女は自分よりも年下の人間――少年少女の命を大事に考える。
だからマチャは二号店に来る子供たちや、ジェラートのもとで働こうとする少年少女たちを脅して辞めさせる。
そんな甘い人間が、革命に向いているはずがない。
ラメルは煙草を吸い終えると、持っていたキーホルダーのような携帯灰皿を取り出す。
分厚い金属製の灰皿に吸い殻を入れ、再び店へと戻る。
彼が店に戻ると、着替えを終えたバニラやストロベリー、ダークレートたちがマチャにどやされていた。
「ダメだ、やり直し。まだ水滴が残っているだろう」
「いいじゃん別にッ! こんくらい自然乾燥するよッ!」
喚き返すストロベリーの横では、淡々とマチャに言われたことをこなすバニラと、適当に聞き流しているダークレートがいた。
ラメルはそんな彼女たちの姿を見ると、笑みを浮かべる。
そして、四人のいるカウンターへと近づいて、ある提案した。
「なあ、今度新人歓迎会でもやろうぜ」




