#59
――今日の仕事を終えて、ジャークは自宅へと戻っていた。
二層吹き抜けのダイナミックな空間にハイサイドライトから陽が注ぐ、都市の邸宅に適したプライバシーが守られた住まい。
間接照明が巧みに配された設計で、スッキリとしたデザインに華やかさを演出し、暖炉がある邸宅に相応しい内装に仕上げられたまさに成功者の豪邸だ。
この貧富の差が大きい人工島テイスト·アイランドでは、ほんの一部の者しか住むことができない邸宅だが。
スパイシー·インクの幹部である彼にとっては、当たり前に手に入るものだった。
「パパッ! おかえりなさい!」
ジャークがネクタイを緩め、リビングルームにあるソファーに腰を下ろすと、彼の娘が駆け寄って来る。
家に父親が帰ってきたことを喜ぶ幼い我が子。
自分の胸に飛び込んできたそんな娘を、ジャークは笑みを浮かべて抱きしめる。
そんな仲睦まじい様子を嬉しそうに見ている女性――ジャークの妻が彼に訊ねる。
「もう、そんなにはしゃいで……。ダメでしょ。パパは仕事で疲れてるんだから」
「えー、いいじゃん。パパだって、あたしに会えてうれしいでしょ?」
ムッと頬を膨らませる娘を訊ねてくる娘と、それを窘める妻。
ジャークはそんな家族を見ると、娘に答える。
「あぁ、嬉しいぞ。パパはお前やママのために頑張ってるんだ。こうやって家に帰るたびに飛び掛かって来るお前を見てると、仕事の疲れもぶっ飛ぶ」
ジャークはそう言いながら、抱いていた娘を自分の隣に下ろして視線を合わせる。
娘はパッと不機嫌そうだった顔が笑顔になり、母親のほうへと振り向く。
「ほらママ。パパだってこう言っているよ」
「しょうがない子ね。あんまりワガママ言って、パパを困らせないようにね」
「あたし、ワガママなんて言ってないもん。パパもよろこんでくれてるもん」
やれやれといった表情で嬉しそうにため息をつく妻は、その笑みのままジャークを見つめるとキッチンへと戻っていった。
すると、娘はソファーから飛び降りて去って行く母の後を追っていく。
「今日はあたしもチキン作るの手伝ってるんだよ。すっごくおいしいのができたから、食べたらパパだってビックリしちゃうんだから」
「そうか、そいつは楽しみだな」
「フフフ、じゃあ、もう少し待っててね。あたしとママで、パパに最高のチキンをごちそうしてあげる」
まるでゴムまりが跳ねるようにキッチンへと走る娘の背中を見て、ジャークはソファーに背を預ける。
彼は満たされていた。
こうやって誰もが憧れる素敵な家と、それに以上に素晴らしい家族。
仕事も、捕まえたナイトクラブ襲撃犯に逃げられたこと以外は順調だ。
「これも社長のおかげだぁ。あの人がいなかったら、この世界に見捨てられた島でこんな生活はできなかった……」
両目を瞑り、尊敬するレカースイラーのことを想うジャーク。
彼がこれまでの苦労と、それに伴った充実感に浸っていると、キッチンから声を聞こえてくる。
「パパ! チキンできたよ!」
「あぁ、今行くよ」
ジャークはソファーから立ち上がると、嬉しそうにキッチンへと向かった。
そんな絵に描いたような幸せ家庭――豪邸の外では、全身に刺青のような模様の入った少年少女が近づいてきていた。




