#58
だがそんなアルコール度数高いブラッディメアリーを、レカースイラーは一気に飲み干した。
まるでパーティーで盛り上がった若者がテキーラでも飲むように、グラスを空にする。
「もう、ちょっとは味わって飲んだらどうなの?」
「私がキツい酒は早めに片付けることを忘れたのか? いいから次はまとものなものを出せ」
「はいはい。でも、甘いのダメだったよね、あなた」
ジェラートは文句を言われながらも、次のカクテルを作り始めた。
今度はシェイカーを使わずに、ステアと呼ばれるミキシンググラスを使用して作るカクテルを手際よく準備している。
レカースイラーはそんな彼女から目を離さずに、静かに話し出す。
「お前の店から犯罪者が出たらしいな」
「うん? あぁ、そうみたいだね」
まるで他人事のように返事をしたジェラートは、作り終えたカクテルをレカースイラーの前に出した。
グラスには無色透明な液体の中に、切り分けられた小さな玉ねぎが見える。
「今度はギブソンか」
レカースイラーはそう呟くと、グラスを手の取った。
彼の口にしたギブソンとは、ウォッカギブソンのことだ。
ウォッカギブソンとはジンベースのカクテルで、マティーニとほぼ同じレシピだが。
マティーニがオリーブを添えるのに対して、ギブソンはカクテルオニオンを用いる。
グラスを手に取ったレカースイラーは、液体の中を漂うオニオンを眺めながらも思い出す。
ウォッカギブソンのカクテル言葉は“隠せない気持ち”だったことを。
「あれ、飲まないの? せっかくあなたのために作ったのに」
レカースイラーが口にせずにグラスを置くと、ジェラートは少しムッとして不機嫌そうな顔をしながら文句を言った。
妖艶な雰囲気の持つ彼女らしかぬ、まるで少女のような可愛らしい表情だ。
そんな彼女に対し、レカースイラーは無愛想に返事をする。
「スパイシー·インクの連中が、私に隠れて何やら騒いでいる。妙なことを考えているなら、今のうちにやめておけ」
「妙なこと? そんなこと、これまでの人生で一度だって考えたこともないけどなぁ」
「フン、そうやって惚けているうちはまだいいが、実際に何かすればお前はこの店ごと島から存在を消されるぞ。スパイシー·インクの会社はな。お前が思っている以上に甘くない」
「フフフ、おかしなこと言うね。私は妙なことなんて考えないよ。いつだって愛について考えてる」
ジェラートがそう言うと、レカースイラーはカウンター席から立ち上がった。
彼が動き出すと、側のテーブルに腰かけていたスーツ姿の男たちも立ち上がり、その後ろに並ぶ。
「もう帰っちゃうの?」
「最初の一杯でかなり酔ってしまった。今日はもう帰ることにする。支払いは――」
「ツケでいいよ。でも、次に来たときは残さず全部飲んでね」
ニッコリと微笑むジェラートに、レカースイラーはフンッと鼻を鳴らして店を出ていった。




