#54
――マチャは今夜のホワイト·リキッドでの仕事を終わらせ、店のシャッターを閉めていた。
その傍には、彼女がマスターをしているホワイト·リキッド二号店唯一の従業員――ラメルがいる。
「明日からだっけ? 三号店の子たちがうちに来んの?」
手に持った煙草を吸い、煙を吐き出しながら訊ねるラメル。
マチャはガラガラとシャッターを完全に下ろすと、くわえ煙草のまま答える。
「ああ、そうだな。だが、どうせすぐ辞めるだろう」
「それはマチャが厳し過ぎるからだろ」
マチャもラメルも紫煙を吐き出しながら会話しているせいか。
二人の前を通り過ぎていく歩行者らが、皆表情を曇らせていた。
最近この人工島テイスト·アイランドでは、島を仕切っているスパイシー·インクが受動喫煙対策を進めているのもあって、世間的に路上での喫煙行為は敬遠されている。
だが、まだホワイト·リキッド二号店の周辺は、喫煙禁止地区にされていないので問題はない。
それもあってか、二人は通行人のことなど気にせずに、店の前をモクモクとさせながら話を続けている。
「あれで厳しいなら、この仕事をしててもそのうち死ぬだけだ。だったら早いうちに辞めたほうがいい」
「でも、行き場がなくてホワイト·リキッドに来た子ばっかりなんだからさ。あんまり厳しくし過ぎるのも可哀そうだよ」
「何も寒空の下に放り出すじゃなし。辞めた奴には他の仕事を紹介してやってるんだから、別にいいだろう」
「マジでかッ!? そんなことやってたのッ!? マチャさんマジ天使じゃん」
「誰が天使だ、誰が。人をからかうのも大概にしろ」
軽口を叩きながらマチャとラメルが歩き始める。
二人は煙草を吸い終えると、ラメルが持っていたキーホルダーのような携帯灰皿に吸い殻を入れ、新しいものをくわえて火を付けた。
「来るのは四人だったよな?」
「いや三人だ。ジェラートさんの話だと、モカって子はとても働ける精神状態じゃないらしい」
「そりゃ……そうだよな。目の前で今まで一緒にいた奴が殺されたんだ。そうなるのが普通だよな」
マチャとラメルがそんな話をしていると、一台の車が彼女たちの横に現れてノロノロと走り始めた。
その瞬間に、二人の表情がまるで別人のように変わった。
だが動作や態度に変化はなく、普通に歩いているように見せながらも、横につけてきた車に警戒している。
「こんばんは、二人とも」
「なんだ、ジェラートさんだったんですか」
大きくため息をついたマチャの隣では、彼女とは違って警戒をしたままのラメルの姿があった。
二人がジェラートに、こんな時間に二号店付近で何をしていたのかを訊ねると、彼女の口元が明け方の三日月のようになる。
「実はね。今夜から二号店のマスターであるマチャのマンションに、三号店の子たちも泊めてあげてほしいんだよ」
「へッ?」
ジェラートの言葉を聞いたマチャは、普段の彼女からは想像のできないマヌケな声がその口から漏れていた。
唖然として立ち尽くし、石のように固まってしまったマチャを見て、ラメルは腹を抱えて大いに笑った。




