#52
――バニラたちが脱出したスパイシー·インクのビル内で、部下を連れて戻ったジャークは苛立っていた。
そこら中に転がっている部下の死体を見ては壁を蹴り、八つ当たりをしている。
「なんだよッ! なんなんだよッ! あの子供どもに仲間がいたのかッ!? あんッ!?」
せっかく捕まえたストロベリーとモカには逃げられたため、組織の幹部としての面子が丸潰れだと、誰に言うでもなく一人暴れ回っている。
そこへ騒ぎを聞きつけた他の幹部――スーツ姿の女性べヒナと、同じくジャケット姿のチゲが現れた。
ベヒナは一つに束ねた三つ編みを振りながらジャークを見て呆れ、チゲのほうはその細い目を緩めて笑っている。
「いつまで物に当たっているんだ? そんなことしても、お前の不始末はなかったことにはならないぞ」
「うっせぇなッ! わかってんだよ、んなこたあよッ!」
しびれを切らしたベヒナがジャークを窘めると、彼はさらに苛立ったが、物に当たるのは止めた。
肩で息をしながら身を震わせている彼の背中を見て、チゲが口を開く。
「じゃあ、どうする? お前が勝手に動いてこの様だ。ここまで広がった被害を、ぜひ社長に報告したいところだが。残念ながらそうもいかん」
「そうだな。こんなどうでもいい問題をわざわざ社長に報告したら、私たち幹部全員の責任になる」
チゲがジャークに嫌味を言うと、ベヒナが彼の意見に同意した。
どうやらその会話から察するに――。
スパイシー·インクの幹部たちは、社長であり、この人工島テイスト·アイランドの支配者であるレカースイラーに今回の騒動のことは伝えていないようだ。
ベヒナとチゲの会話を聞いたジャークは付けていたネクタイを外すと、それを放り投げて二人のほうへ振り返る。
そのときのジャークの顔には青筋が浮かび上がっており、額にふくれ上がったその血管が今にも破裂してしまいそうに見えた。
「だからわかってるって言ってんだろ? 今回のことは俺がケジメをつける。てめぇらは手を出すなよ。他の連中にもそう言っとけ」
凄まじい形相しながらも、ジャークの口調は落ち着いたものになっていた。
そんな彼を見て、チゲが言葉を返す。
「言われなくともお前の邪魔はせん。むしろ手伝おうと思ったが、お前がそう言うならやめておこう」
「じゃあ、あんただけでやるんだね。それなら私は帰らせてもらう」
チゲに続いてベヒナも口を開くと、二人はその場から去って行った。
残されたジャークは、その内心でさっさと消えちまえと毒づくと、その場にいた自分の部下に向かって声を張り上げる。
「いいかてめえらッ! なにやってもいいからあの赤毛のガキを俺の前に連れて来いッ!」
ジャークの怒号が発せられると、彼の部下たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように慌てて動き出した。




