#198
そしてマチャは、呻きながら謝罪し続けるバニラの顔面へサッカーボールキックを喰らわせる。
顎を突き上げるように放たれた蹴りが、バニラの意識を刈り取ろうとエグイ角度で入った。
「ガッ!? 」
吹き飛びながら痛み耐え、必死で呼吸を整えようとする。
苦しそうにしているバニラは、それでもマチャから目を離さない。
二階から落とされ、鼻から血を流し、息が上手くできなくなっても、彼はけしてマチャから逃げようとはしなかった。
マチャならわかってくれる。
今までだってそうだ。
初めて彼女と会ったとき――。
いきなりホワイト·リキッドを辞めるように脅され、暴力を振るわれたが。
それでも一緒に暮らすようになり、いろいろと面倒を見てくれるようになった。
今回だってそうだ。
スパイシー·インクの本部ともいえるスパイシー·タワー襲撃後に行方不明になったマチャを捜そうとしなかったことを怒っているのなら、自分が誠心誠意謝ればきっと許してもらえる。
バニラはこれまでの彼女との付き合い方から、話せばまた以前のように一緒にいられると思っていた。
「ダークレートが死んだ……。オレとストロベリーの目の前で……。レカースイラーのヤツに殺されたんだ……」
マチャは倒れているバニラに馬乗りになった。
総合格闘技におけるマウントポジション、柔道の縦四方固のような態勢だ。
そして、無慈悲にも泣きそうな声で仲間の死を告白するバニラの顔面を殴り始める。
彼が一言発すると、その度に拳を振り落とす。
次第に顔が腫れ上がり、地面がバニラの血で染まっていく。
だが、バニラはそれでも謝ることを止めない。
「ストロベリーもきっと悔やんでる……ガハッ!?」
マチャが拳を振るう。
「仇は取ったけど、それでダークレートは生き返らな――ガハッ!?」
規則的に、バニラが何か言えば殴る機械のように手を出し続ける。
誰の目から見ても明らかなのだが。
マチャはどう見ても正気ではない。
しかし、それでもバニラは反撃しない。
ジェラートに必ず殺すように言われたというの。
これは、今までの彼からは考えられないことだった。
それはホワイト·リキッド二号店へと働く場所を移し、マチャたちとの共同生活や、初めての友人――エンチラーダとの出会いなどで彼が獲得した人間性の影響だった。
バニラはジェラートに拾われるまでずっと一人で生きてきた。
それまでの彼は生きるためになんでもし、死なないためにただその日その日を過ごしていた。
だが、それで上手くいったことはなかった。
だからこそバニラは、初めて自分を抱きしめてくれたジェラートの言うことならなんでも従ってきたのだ。
もう自分で考えたくない。
ジェラートなら間違えない。
彼女の言う通りにしていればいい。
しかし、先に述べたこれまでの人との関りが、バニラから思考することを放棄することを許さなかった。
バニラは殴られながらも考える。
どうすればマチャが自分を許してくれるかを。
「マ、マチャ……ガハッ!?」
皮肉にもそれは、バニラを殺そうと手を振るう彼女から教えてもらったことでもあった。




