#197
家に侵入してきた敵は緑髪の女性――マチャだった。
どうしてだが彼女の全身から顔にかけて、刺青のような模様が浮かび上がっていて別人のように見えたが。
たしかにバニラがよく知るマチャの姿そのものだった。
「な、なんでドリンク飲んだみたいになってんだ……?」
バニラが驚くのも無理はなかった。
トランス·シェイクはジェラートのお手製のドリンク。
飲むと人知を超えた腕力を手に入れ、あり得ない速度で動けるようになる。
しかし成人には効果がなく、影響があるのは未成年者のみ。
それが、目の前に現れた敵――成人しているマチャの身体はたしかにドリンクを飲んだ姿だった。
「つーか、嘘だろ? お前が敵だなんて……。あ、あれだよな。実は生きていてオレの家を見つけたとか、そんなんだろ?」
バニラが無防備にマチャへと手を伸ばす。
虚ろな表情のマチャは、近寄ってきた彼の顔面を思いっきり殴りつけた。
奥のリビングルームへと吹き飛ばされたバニラは、血を吐きながらも立ち上がり、ただ茫然と歩を進めてくる彼女のことを見ていた。
そんな彼に向かって目が覚めたカカオが鳴く。
「カカオ……? マチャが帰って来たんだよ。でも、なんでか怒ってて……。ちょっと二人で話すからお前は出ててくれ」
笑みを浮かべてカカオに声をかけたバニラ。
だが、カカオは状況よくわからないのか、その場で鳴き続けている。
マチャがリビングルームに入って来る。
「おい、どうしたんだよ? なにをそんなに怒ってるんだ? そりゃ捜そうとしなかったのは悪かったけど、オレだって、いろいろ大変だったんだよ」
バニラは再び彼女に声をかけて、何にそんなに怒っているのかを訊ねた。
だがマチャは何も答えない。
焦点の合わない両目で申し訳なさそうにしているバニラへと近づき、右腕を振り上げる。
「待てってッ! オレが悪かったなら謝るからッ!」
悲願するバニラはマチャの身体を抑え込んで叫ぶが、彼女は止まらない。
ただ淡々とバニラへと攻撃を続ける。
そんな力無く身体を動かしているわりには、トランス·シェイクの効果で凄まじい勢いと速さで手を出してくる。
バニラもドリンクを飲んでいるが、いつまでも避けることはできず、家の外へと殴り飛ばされてしまう。
彼が住んでいたのはアパートの二階だったため、そのまま一階へと落とされる。
「ガハッ!? 息が、できない……」
背中から地面に叩き蹴られたバニラは、呼吸ができなくなっていた。
頚椎と脊髄を強打したせいで、、呼吸の障害や四肢の麻痺を引き起こしてしまった状態だ。
マチャはそんなバニラを二階から見下ろしていると、自ら飛び降りて彼の目の前に立つ。
「マ、マチャ……。オレが悪かったから……勘弁、してくれよぉ……」
バニラは地面に這いつくばりながら、飛び降りてきたマチャを見上げる。
しかし、やはり彼女は答えない。
無表情、無感情、無言のまま、ゆっくりと倒れているバニラへと近づいて来るだけだった。




