#196
「え……? 敵って……誰のことですか?」
バニラは訊き返す。
まだジェラートが説明している途中で声をかける。
彼にはジェラートの言っていることの意味がわからなかった。
ずっと戦ってきたこの人工島テイスト·アイランドの支配者――スパイシー·インクはレカースイラーを殺したことによって壊滅した。
それなのに敵とは一体どこの誰、組織なのか。
もしかしてスパイシー·インクの生き残りが自分を狙っているのか。
それとも物取りや強盗がうちに来るのか。
バニラはようやく思考を放棄できたというのに、新たに放り込まれた話に戸惑っていた。
「慌てないで聞いて。とりあえず君の家にトランス·シェイクを置いてあるから、それを飲んで今から来る敵を倒すんだ」
ジェラートは彼に落ち着くように宥めると、すぐにでも戦う準備をするように言った。
一方のバニラはスマートフォンを耳に当てながら、ジェラートの言われた通りに家にあるというトランス·シェイクを探す。
そして、ドリンクボトルを手に取り、再び訊ねる。
敵とは一体誰のことを言っているのかと。
すると、抑揚のない声でジェラートが答える。
《敵は、君がよく知っている相手だよ》
「オレが知ってる? 一体誰ですか?」
《いいかい、バニラ……。相手が誰でも、必ず敵を殺して》
そこでジェラートの声は途絶えた。
電話を終えたと同時に玄関の扉が開き、家に誰かが侵入してきた足音が聞こえてくる。
その音に気が付いたバニラは、ジェラートの話をよく飲み込めないまま、ドリンクボトルの蓋を開けて中に入っていたトランス·シェイクを飲み干した。
まるでバーテンバーがカクテルを作るときに振るシェイカーのように全身を上下に震わせ始め、目の瞳孔が開き、全身に刺青でも入れたかのような模様が浮かび上がる。
状況がよくわからないまま、バニラは家に侵入してきた敵のほうへと歩を進める。
足音は一人分。
一対一ならば、トランス·シェイクを飲んでいる自分に勝てる人間などいないと、自信満々で迎え撃とうとした。
あれだけ強かったレカースイラーはもう死んだのだ。
スパイシー·インクの幹部を二人相手にしても楽勝だったのだと、意気揚々と歩く。
「やっぱこういうほうが楽だな……。何も考えずにすむ」
ジェラートが必ず殺すように言ったのだから絶対に殺す。
バニラは頭の中の雑念――モヤモヤが消えていくのが心地よかった。
そう――。
これからもずっとジェラートの言うことを聞いていれば良いのだと、侵入者と廊下で対峙する。
そして、そこにいたのはジェラートの言っていた通り、バニラのよく知る人物だった。
「マチャ……?」




