#195
それからバニラは家へと戻り、店で買った缶詰めを食べた。
缶詰め以外に何か料理を作ろうと思ったが。
そういう気分にはとてもなれず、小皿に缶詰めを移す気にもなれず、ただ蓋を開けた状態で食した。
食べ終えてバニラが床に寝転がっていると、同じく缶詰めを食べたカカオが彼に寄り添って眠っている。
その小熊の体温を感じながらバニラは思う。
クリムと会って、この人工島テイスト·アイランドを出るように言われた。
たしかにもうこんな島にいる意味はない。
仲良くなった大人の男――ラメルは死に、初めてできた友人――エンチラーダは消えた。
一緒に暮らしていく中で仲良くなったダークレートは殺され、ホワイト·リキッドの大人たちが口にしていた、いなくなればいい、始末すれば状況が変わると、スパイシー·インクのボス――レカースイラーを殺した。
その後、テイスト·アイランドは変わった。
だが、それで良くなったのかはわからない。
むしろ大多数の人間にとって悪くなったのではないかと思う。
暴漢がそこら中を闊歩し、もう誰も普通に街を歩けない。
カフェやレストランなどの飲食店は潰れ、ショッピングモールで買い物もできない。
当然遊園地も水族館もやってはいない。
そんな状態では誰も暮らせない、生活などしていけない。
テイスト·アイランドはスパイシー·インクという法律を失ったことで、誰もが怯え、誰もが奪える――弱肉強食の世界になった。
カオスとなったこの島は、たしかに平等といえる。
幸いなことに、自分はマチャに鍛えてもらったことで、トランス·シェイクに頼らなくても暴漢や強盗の集団を襲われても叩きのめすことができる。
しかし、それはいつまでも続かないだろう。
目を付けられ、相手の数が増えればいずれは奪われる立場になる。
「クリムのせいだ……。あの人が、島を出ろとか言ったから……」
バニラは考えたくもないのに、この先のことを考えてしまっていた。
自分で考えなければいけないことが多過ぎる。
自分で決めなければいけないことが多過ぎる。
昔のほうが幸せだったかもしれない。
ジェラートに拾われたばかりの頃、ホワイト·リキッド三号店――ロッキーロードのところで働いてときは楽しくはなかったが楽だった。
こんなに頭を悩ませることなどなかった。
島を出るか、それとももここに留まって暮らしていくか。
でも、それでもまだジェラートのおかげで治療を受けることができている赤毛の少女――ストロベリーの回復を待たなければいけない。
もう自分には、ジェラートと彼女しかいないのだ。
バニラが思考を放棄してストロベリーをただ待つことを決める。
あの自分勝手な女が目を覚ませば、何かしら答えを用意してくれるだろうと。
「マチャ……。どこへ行ったんだよ……。やっぱ死んじまったのか……」
行方不明となった女のことを考える。
いろいろと教えてくれた女のことを思い出す。
そうやって、バニラはカカオを抱きながら彼女のことを思っていると、スマートフォンが震え始めた。
その画面に見える名前はジェラートだ。
バニラはガバッと身体を起こしてスマートフォンへと手を伸ばし、慌てて電話に出た。
「ジェラートさんッ!?」
《良かった、バニラ。時間がないから手短に言うね》
そう言ったわりには落ち着いているジェラートが言葉を続ける。
《今から君の家に敵が来る》




