番外編 疑似家族
ある日の朝、まだバニラたちがマチャの住んでいた家にいた頃――。
ダークレートは朝食当番だったバニラとストロベリーが料理を作るのを見ていた。
それは、まだ食事を作ることを覚えたばかりの二人のことを、監督するようにマチャから言われていたからだ。
「ねえダークレート。目玉焼き作るの手伝って~」
ストロベリーは、食材を洗いながら傍に立っているダークレートに声をかけた。
一方のバニラは、慣れない包丁を手に持って恐る恐るストロベリーが洗い終えた野菜を切っている。
「アタシは見ているだけのはずなんだけど?」
「いいじゃんいいじゃん。ほらほら早くしないとマチャが帰って来るまでに朝メシが作れないよ」
「はぁ……。しょうがないなもうぉ……」
ダークレートは大きくため息をつきながらフライパンの前へと歩き出した。
そんな彼女の気持ちと同じなのか。
彼女の後について行きながらカカオも呆れながら「ガウガウ」鳴いている。
フライパンの前に立ったダークレートは、用意されていた卵を一つを器に割り入れる。
フライパンにサラダ油大さじ1半分ほどを入れて強火で熱し、全体に広げる。
容器に入れていた卵をフライパンに入れて焼く。
ジューという音が鳴り、綺麗な円形になった卵を見てダークレートがストロベリーへ声をかける。
「ほら、一個作ってあげたから、後は自分でやりな」
「えー、四人と一匹分作ってよぉ」
「ヤダよ。当番はアンタたちでしょ。アタシはちょっとトイレ言ってくるから、白身の色が変わり始めたら、火を弱めて三分間ほど焼いといて」
「ケチ」
ダークレートは、ムゥと頬を膨らませているストロベリーを無視して、トイレへと向かった。
なんで料理当番でもないのに文句を言われなければいけないのかと思いながら、彼女がトイレを済ませてキッチンへと戻ると――。
「な、なんで目玉焼きがスクランブルエッグになっているの……?」
先ほどフライパンにあった円形の卵が、グチャグチャの黄色い塊となっていた。
顔を引き攣らせているダークレートに、ストロベリーが悪びれずに答える。
「うん? たまにはこっちのほうがいいかなって」
「嘘つくなッ! だったら最初からアタシに目玉焼きを作ってなんて言わないだろッ!?」
「途中で気分が変わったんだよぉ。そんな怒るなって」
「素直に失敗したって言え! てゆーかバニラッ! アンタも横にいながらストロベリーの失敗に気が付かなかったわけッ!?」
我関せずとばかりにサラダを盛り付けていたバニラに、ダークレートが怒鳴り上げると、彼は不可解そうに口を開く。
「え? でも、オレの担当じゃないし。悪いのはストロベリーだろ」
「あんッ!? アンタ全部あたしのせいにするつもりかよッ!? 今日の料理当番はあたしとアンタなんだから同罪だろッ!?」
「んなわけねぇだろ。卵はお前がやるって言ったじゃん」
「ならそれに同意したお前のせいだ! こうなることがわかっていたなら止めろバカッ! このスクランブル野郎がッ!」
「なんだよ、そのスクランブル野郎って……」
キッチンで言い争いが始める。
ストロベリーが自分の罪をバニラに押し付けようとしていると、玄関の扉が開いた音が聞こえてきた。
昨夜に仕事で出ていたマチャが帰ってきたのだ。
「朝から元気だな、お前ら」
マチャが呆れながら三人にそう言うと、ストロベリーが彼女にすがりつくように言う。
「もう~聞いてよマチャ。バニラとダークレートが卵の失敗をあたしのせいにするんだよぉ」
「はぁッ!? せいにするもなにも全部アンタが悪いんでしょッ!?」
「ほらまた勝手なこと言ってる。マチャ助けて~」
「勝手なこと言ってるのはアンタでしょうがッ!? バニラも黙ってないでなんか言えよ!」
声を張り上げるダークレートに続いてカカオも「そうだそうだ」と大きく鳴いている。
そんな彼女たちを見たマチャは、頭痛でもするのか右手で顔を覆い始めた。
「もういい……もういいから……。早く朝食にしよう。出来てはいるんだろう」
そして呆れながらそう言うと、彼女は盛り付けを手伝い、四人はリビングにあったテーブルに食事を運ぶ。
「はい、じゃあいただきます」
少し投げやりな声でそう言ったマチャに続いて、バニラ、ストロベリー、ダークレートも同じ言葉を口にする。
今日の朝食は、バニラが作ったサラダの盛り合わせと、彼が焼いていたトーストと――。
ストロベリーが作った、本当は目玉焼きになるはずだったスクランブルエッグだ。
「ウマいッ! いや~我ながらサイコーの朝食ができちゃったよッ!」
自分で作ったスクランブルエッグを頬張りながらストロベリーが声を張り上げる。
ダークレートは、冷たい視線を彼女に向けながらサラダを食べていた。
「ホントは目玉焼きだったのに……」
「あん? ウマいんだからいいじゃん。いつまでもグチグチ言うなって。なあバニラ」
表情をしかめて苦言を口にするダークレートに、ストロベリーが文句を言うと、彼女はバニラに同意を求めた。
バニラは、目玉焼きになるはずだったスクランブルエッグをトーストに乗せ、その上からバター、マーガリン、チーズ、フルーツジャム、さらにケチャップをぶっかけている。
「え? オレは別に」
「つーかアンタ、なんだよそれ……。味がメチャクチャになるだろ」
「バカ舌もここまでいくと引くわ……」
そんな彼を見て、ダークレートとストロベリーが顔を強張らせている。
マチャはその様子を見ながら、はぁーとため息をついていた。
「仕事の後はいつも憂鬱になるんだが……。お前らのせいでそんな余裕もない……」
「それってアタシらのおかげだよね。よかったじゃん」
「アンタね……。マチャが皮肉を言ってんのに気が付かないの?」
ストロベリーがニコニコ微笑んでいると、ダークレートが彼女を注意した。
そして、再び二人の言い争いが始まり、バニラはもくもくと食事をしている。
「おい、ストロベリー。カカオが食わないからってオレの皿にサラダ入れんなよ」
「気にすんなって、あたしからご褒美だ。ほら食え食え」
ストロベリーは次にバニラへと絡み始め、辟易している彼の傍ではカカオが呆れて鳴いている。
「まあ、これはこれでいいか……」
騒がしい朝食の風景。
けして落ち着かないが、マチャは悪くないと思っていた。
ダークレートがそんな彼女へ声をかける。
「ごめんね、マチャ。いっつもこんなうるさくて」
「気にするな。最初は嫌だったけど、今はこの生活も悪くないと思ってる」
「そっか。よかったぁ。マチャがそう言ってくれて」
マチャの愛想のない返事を聞き、ダークレートはニッコリと微笑んだ。




