#189
血が噴き出す。
分厚いステーキを食うように、喉の肉を顎の力で思いっきり噛み切る。
だがレカースイラーは痛みで顔を引き攣らせながらも、バニラに何もせず、ただ両目を見開いて彼を見つめているだけだった。
「お前の……父親は……」
喉元を食い千切られ、途切れながら言葉を発したが続かずに、彼はその場に倒れた。
倒れながらもレカースイラーは、凄まじい形相で必死に息を吸い込もうとしていた。
しかし、いくら呼吸をしようと肺に酸素が入ることなどなく、彼はそのまま妙な音を喉から鳴らしながら動かなくなった。
穴の開いたタイヤに空気を入れたときのような音は止み、屋上の床を真っ赤に染めながら、レカースイラーは死んだ。
バニラはこと切れた敵のボスを見下ろすと、泣きながらストロベリーへと走った。
まだ息がある。
先ほどのように喋れなくなってたが。
微かに呼吸をしている。
「待ってろ。すぐに医者のとこに連れてってやるからな」
そんなストロベリーを抱き上げた。
「カカオも心配するなよ。こんなもんじゃ死にはしないから」
そして、呻いている小熊のカカオを肩に乗せ、屋上から去って行くバニラ。
死体となった黒髪の少女と白髪の初老の男を置いて、彼はストロベリーに言葉を続ける。
「ダークレートのことは後になっちゃうけど、必ず迎えに来よう」
腹部に刺さった日本刀を抜くことなく、バニラはストロベリーを抱いて階段を下りていく。
それは以前に、腹に深く刺さった刃物を無理に抜くと出血が酷くなると、マチャから教わっていたからだ。
「もう終わったんだ……。全部……全部……」
フラフラと頼りない足取りは、まるで二日酔いで寝起きのようだった。
それでもバニラは階段を下り、エレベーターまで歩を進めた。
幸いなことに、エレベーターは最上階にあった。
扉が開き、中へと入ったバニラは、エレベーターの床に倒れてしまった。
ストロベリーにできるだけ衝撃を与えないように倒れたバニラに、彼の肩に乗っていたカカオが鳴いている。
「大丈夫だ、カカオ……。早く帰ろう……。マチャに……ダークレートのこと……話さなきゃ……」
もう立ち上がる力もないバニラだったが。
身体を引きずりながら、エレベーター内のボタンへ手を伸ばす。
一階へと向かうためにボタンを押し、再び倒れて仰向けに転がる。
「オレ……オレがもっと頑張ってれば……。ダークレートは……」
目的を果たした達成感はない。
バニラはむしろ自分の不甲斐なさを責めていた。
ダークレートが死んだのは自分の努力が足りなかったからだと、止まっていた涙がまた溢れて始める。
「ごめんな……カカオ……。ホントに……ごめんなぁ……」
大の字になって、流れる涙を拭うこともせずに泣き続けるバニラ。
そんな彼が最後に聞いたのは、慰めるように鳴くカカオの鳴き声だった。




