#176
両手を上げてファイティングポーズを取るバニラ。
対するレカースイラーも身構える。
体格的にいえば、どう見てもこれまでバニラが戦ってきた相手よりも小柄なのだが。
バニラは感じたことのない威圧感を覚えていた。
レカースイラーは特別なことはしていない。
彼はただ古武術を思わせる構えで、バニラの実力を試すかのように立っているだけだ。
「どうした小僧? せっかく立ち上がったのに、向かって来ないのか?」
そして、言葉を吐く。
挑発とわかっていながらも、バニラに選択肢はない。
先ほどと同じようにレカースイラーへと飛び掛かる。
マチャから教わったバニラの格闘スタイルは、空手や柔道をベースにした警察の逮捕術だ。
一般的な格闘技と逮捕術との違いは、格闘技は相手を破壊するためのものであり、逮捕術は相手を制圧するためのものだということだ。
バニラはただの殴り合いのスタイルから、レカースイラーを捕えるようなやり方へと自然と切り替えていた。
間合いの取り方や、踏み込みこそさほど変わらないが。
彼は手を伸ばし、相手の手首や指の関節を取りに動く。
レカースイラーの右手を掴み、その親指を下にして、手を外側にひねろうとする。
これは逮捕術の基本――二カ条という技だ。
スピードもパワーも当然トランス·シェイクで身体能力を向上しているバニラのほうが上のため、いとも簡単に技に入れたのだが――。
「ほう。こういうこともできるのか」
逆に手を取られ、そのまま背後へと回られてしまう。
手を掴んだはずのバニラは、反対に関節を取られる。
「くッ!?」
「その間合いの取り方といい。技を身体で覚えるタイプだな、お前は。だが、型どおりの技など私には通じないぞ」
「こんなんで勝ったつもりか? 取っ組み合いになればオレのほうが」
「こんな格好はしているが、プロレスなら私も得意だ」
レカースイラーは、いつの間のか両腕をひねりながら背後から語り掛ける。
バニラはなんとかそれをすり抜けて反撃に出ようとしたが。
次の瞬間に、彼の身体を宙へと浮いていた。
腕をチキンウィング·アームロックのようにきめられながら、プロレス技のタイガースープレックスのような状態で投げ飛ばされる。
「ぐはッ!?」
投げっ放し式で投げ飛ばされたバニラは、両腕を固定されていたために受身が取れず、そのまま屋上の床に叩きつけられた。
倒れながら呻き、レカースイラーを見上げるバニラは、どうして自分がこうも相手に翻弄されているのかが理解できないでいた。
「な、なんで……なんでだ? オレのほうが速いし、力もずっと上なのに……」
「それがわからんうちは、お前は一生私には勝てんぞ」
そして、先ほどと同じような構図となり、レカースイラーは再び両腕を組んでバニラを見下ろしていた。




