#175
レカースイラーは、標的を前にして動き出さないバニラに声をかける。
「私の部下はどうした? お前をここへ案内させるように言ってあったのだが?」
「部下? あぁ、あのハゲと金髪か。二人なら下で寝てるよ」
「それは、お前がやったのか?」
「うん。なんか社長に会わすまでもないとかいって襲ってきたから、ぶっ飛ばした」
バニラから事の顛末を聞いたレカースイラーは、呆れてため息をついていた。
首を左右に振っては、右手で頭を抱えてぼやいている。
「全く……。皆、忠誠心が高いのは良いのだが、勝手なことばかりする。困ったものだ……」
「アンタも苦労してんだ」
親しみのこもった言葉を吐き出しながら、バニラはレカースイラーへと近づいていく。
それを見たレカースイラーは、向かって来る襲撃者の少年に視線を移す。
両者の目が合うと、二人とも互いに強く拳を握っていた。
「でも、オレはアンタを殺さないといけないんだ」
「ほう、そうか。ではやってみろ。言葉で人は殺せんぞ」
レカースイラーの返事を聞いた瞬間――。
バニラは一気に彼の懐へと飛び込んだ。
そして、握っていた拳をその土手っ腹へと放つ。
トランス·シェイクの効果で身体能力が向上しているうえに、今のバニラはマチャから戦闘技術を仕込まれている。
彼を止めることなど、普通の人間ではもはや不可能。
それは先ほど幹部二人――ボボティとウィングを一瞬で倒したことでも明らかだ。
彼ら二人の実力はスパイシー·インクの他の幹部らとほぼ同じ。
これまでにジャークやチゲを相手にし、トランス·シェイク使用時でも敵わなかったバニラが、それと同等の相手をいとも簡単に叩き伏せたのだ。
対するレカースイラーは、年齢的にすでに初老に入っている。
油の乗った幹部たちよりも、その実力は低いと思われたのだが――。
「なッ!?」
バニラの不意を突いた拳は避けられ、代わりに三日月蹴りを顔面に喰らわされる。
屈んだ姿勢から攻撃を放った彼の勢いに合わせたカウンターによって、バニラは飾られた仏像へと叩きつけられ、そのまま屋上にあった美術品を巻き込んで粉々になった。
大の字に倒れたバニラに向かって、レカースイラーは両腕を組んで言う。
「なかなかの踏み込みだ。どうやらお前は、素晴らしい師に恵まれたようだな」
そして、着ていた道着のような服を肌けさせ、上半身を露わにする。
年齢を感じさせない鍛え抜かれた身体が、そこにはあった。
至るところに古い傷が見えるのは、これまで戦い続けてきたレカースイラーの生き様を表しているようだ。
「どうした小僧? 私を殺すんじゃなかったのか?」
レカースイラーに見下ろされたバニラは、まるで彼に応えるようにすぐに立ち上がった。




