#168
「そんな顔をしないで、椅子に座って紅茶でも飲んでよ」
ジェラートはマチャに座るように言うと、自分も椅子に腰を下ろした。
彼女の言われたまま椅子に座ったマチャは、紅茶に手を伸ばすことなく、腰を下ろしても俯いたままだった。
二人の間にあるテーブルには、入れたての紅茶が置かれ、二人分の湯気を出している。
それはまるでマチャの心の靄を表しているようで、彼女は消えていくそれをただ眺めていた。
こんな風に、自分の気持ちも消えてしまえばいいのに。
いつから自分はこんな柔になったのだと、その身を震わせる。
目を瞑ると、バニラたちの顔が瞼に浮かんで来る。
あいつらとの生活で良いことなど少なかった。
むしろ煩わしさや不快感を覚えるほうが多かった。
だが、それでも自分はこんなにも彼らのことを想っているのだと、マチャは胸が締め付けられていた。
「バニラ、ストロベリー、ダークレート……。あいつらには……生きて幸せになってほしいんです……」
そんなことを思いながら、マチャはジェラートへと顔を向ける。
「ラメルは私のせいで死にました……。だから、あいつらには……」
そう口にしたマチャは、座ったばかりだというのに突然立ち上がった。
先ほど、今にも泣きそうだった顔からは涙が流れており、その潤んだ瞳でジェラートを見つめる。
「私はどうなってもいいんです。なんでもしますから……。作戦に参加しなきゃいけなくても……せめて、あいつらが危険な目に遭わないようにはできませんか……?」
頬を伝って流れる水滴がダラダラと垂れていく。
泣きながら悲願するマチャを見たジェラートは、クスッと微笑みを返す。
今にもよしよしと母親が我が子を慰めるような表情で、彼女へ声をかける。
「それじゃあ、作戦を少し変えようか」
「本当ですかッ!?」
「うん。でも、その代わりに君は死ぬかもしれないよ?」
「構いませんッ! それであいつらが少しでも生き残る可能性が上がるならッ!」
嬉しそうに声を張り上げたマチャ。
ジェラートはそんな彼女に視線を合わせるためか、椅子から立ち上がる。
「じゃあ、マチャのすべてを私にちょうだい。それですべて解決するからね」
「えッ? すべてをって……それはどういう意味ですか……?」
思わずオウム返しするように答えたマチャは、ジェラートの言っていることが理解できない。
ただ泣き顔のままで、彼女のことを呆然と見ているだけだ。
「マチャ」
「は、はい……?」
戸惑いながら返事をしたマチャに、ジェラートは言う。
「とりあえず私特製の紅茶を飲んで、そうすればもう悩むことはないよ」




