#166
トランス·シェイクは、聞いている限り最高のドリンクにも思えるものだが。
いくら身体能力が強化されても、けして無敵ではない。
刃物で刺されれば血は出るし、弾丸を頭や心臓に撃たれれば死ぬ。
マチャの言葉を聞いたグラノーラは、彼女の言いたいことがわかった。
だがバニラ、ストロベリー、ダークレートなどのトランス·シェイクが使用できる少年少女が戦いに参加しないと、レカースイラーの暗殺――スパイシー·インクの壊滅は絶望的だ。
ジェラートがそんなことを許すはずがない。
それでも、グラノーラには彼女の気持ちがわかる。
彼にもシリアル――妹がいるのだ。
できることなら、今回のような無茶な作戦に参加はしてほしくない。
そうは思いつつも、もう誰にも止められない。
とっくの昔から賽は投げられてしまっている。
「……そうか。悪いが、俺からはなんとも言えない」
「ですよね。バカなことを訊いてしまいました」
当然そう返事が来るとわかっていたマチャは、無感情にそう言った。
グラノーラがソファーから立ち上がると、カカオを抱いている彼女に背を向けてその場を去ってく。
「一応、ジェラートさんに訊いてみたらどうだ? ダメ元でよ」
「そうですね……。あの、グラノーラさん」
「なんだ?」
「つまらない話を聞いてくれて、ありがとうございます」
グラノーラは振り返ることなく、マチャに手を振っていなくなった。
残されたマチャは、カカオを下ろすとソファーから立ち上がって歩き出す。
そんなマチャに気が付いたバニラたちが、彼女に声をかける。
「マチャ、どこ行くの?」
――ダークレート。
「トイレならあっちだぞ」
――バニラ。
「バカ、それくらいマチャだって知ってるっしょ」
――ストロベリー。
声をかけられたマチャは三人のほうを見ると、微笑みを返した。
どこか寂しそうなその笑みを見て、バニラたちは戸惑う。
「どうかしたの? なんかここへ来てから元気ないけど?」
「なんでもない。ちょっとジェラートさんのところへ行ってくる」
訊ねてきたダークレートに答えたマチャは、三人の前から去って行った。
不可解そうに彼女の背中を眺めているバニラとストロベリー。
ダークレートだけは心配そうな顔をしていると、カカオが彼女に向かって鳴き始める。
「大丈夫だよ、カカオ。マチャはちょっと疲れてるだけだから」
何かを訴えるように鳴いたカカオのことを、ダークレートはそっと抱き上げた。
そして、鳴き止むように優しく宥めると、去って行くマチャの背中へ視線を戻すのだった。




