#165
ホワイト·リキッドの従業員たちが盛り上がっている中――。
スパイシー·インクの襲撃を受けたマチャたちは、これから始める戦いの準備をしなくてよいと気を遣ってもらい、部屋の隅で休んでいた。
マチャの目の前では、各自が隠していた銃器類を一度解体してから動作確認をしている。
「全部あたしんだッ!」
「ふざけんなよ! オレのアンパン返せッ!」
「ちょっとアンタらッ! 少しは静かにしなさいよ!」
室内にあったソファーに腰を下ろしていたマチャの傍では、支給された菓子パンを奪い合って揉めるストロベリーとバニラのことを、ダークレートが注意しているのが見える。
先ほどダークレートが持ってきたクレープのときと同じで、マチャが彼らと出会ってからずっと見てきたよくある光景だ。
呆けた顔でバニラたちを眺めていたマチャの近くに、首に下げた樽を揺らしながらカカオが歩いて来ていた。
何か気になったのか。
小熊は心配そうに「ガウガウ」と鳴いている。
マチャがそんなカカオを抱くと、彼女の座っていたソファーの横にグラノーラが腰を下ろした。
「どうした? なんか元気ないな?」
マチャは俯いたまま黙っていた。
答えない彼女を見たグラノーラは、ソファーの背もたれに寄り掛かる。
「グラノーラさん」
しばらくの沈黙の後。
マチャが口を開いた。
ソファーの背もたれに寄りかかっていたグラノーラは、彼女が口を開いたためその身を乗り出す。
「今回のレカースイラー暗殺……。絶対に参加しないとダメでしょうか?」
訊ねられたグラノーラは、マチャの突然の発言に両目を見開いてしまっていた。
それも当然だった。
グラノーラが遊園地までバニラたちを迎えに行ったのは、彼ら三人がトランス·シェイクを使用できるからだ。
トランス·シェイクは、ジェラートのお手製のドリンク。
飲むと人知を超えた腕力を手に入れ、あり得ない速度で動けるようになる。
しかし成人には効果がなく、使用できるのは未成年者のみ。
ジェラートに拾われた子供たちは、全員このドリンクを飲んでいる。
飲料後には、全身に色のついた模様が現れ、その色はその人物によって違う。
ジェラートがグラノーラにバニラたちを迎えに行くように指示したのは、そもそも圧倒的に数で劣るホワイト·リキッドがスパイシー·インクに勝つための最後の切り札だったからだ。
そんなことは誰でもわかっていたことだというのに。
何故マチャがそんなことを言ったのかに、グラノーラは言葉を失ったのだ。
「意外だな」
「何がですか?」
「お前が一番この日を望んでいたと思っていたからさ」
グラノーラは驚きを抑えて静かに返事をした。
彼はマチャの経歴をジェラートから聞いていたため、彼女が誰よりもレカースイラーを殺すことを望んでいたと思っていた。
「どういう心境の変化だ?」
「怖いんです……」
「えッ? 嘘だろ、お前が怖いなんて」
そんな馬鹿なと鼻で笑ったグラノーラ。
マチャはそんな彼のほうを見ることなく、カカオの頭を撫でながら答える。
「あいつらが死ぬのが怖いんです」




