#164
その後、ジェラートは生き残ったホワイト·リキッドの従業員たちの前へと行き、皆に話を始めた。
これからスパイシー·インクの社長であるレカースイラーを全員で殺しに行くと。
「怖い人は私に後で言ってね。別にこれは強制じゃないから」
いつもの微笑みを見せながらそう言ったジェラートに向かって、従業員たちから大歓声が起き始める。
ようやくこの日が来たか。
これでこの島の元凶を潰せるのだなと。
熱狂したフーリガンのような形相と言葉で、この地下の室内を埋め尽くしていく。
バニラ、ストロベリー、ダークレート、モカ四人はそうでもなかったが。
これまでジェラートについてきた大人たちは揃って歓喜と時の声をあげ続けていた。
だが、その中で唯一熱狂できない者がいた。
それはマチャだ。
彼女も以前ならこの熱狂の中心にいた人間だった。
この人工島テイスト·アイランドからすべての行政機関を排除し、我が物顔で島を好きなようにしているスパイシー·インクを壊滅させようという熱意なら、ホワイト·リキッドの中でも一番に数えられるほどだった。
それはマチャが以前に警察官だったという経歴と、島のスラム化が進んだことで一部地域の治安が悪化――その余波で家族を亡くしたことが理由だ。
しかし、今の彼女にはもう以前のようなスパイシー·インクへの怒りは無くなっていた。
たしかに家族が殺された原因を作ったスパイシー·インク――レカースイラーは今でも憎いが。
それ以上にマチャは、これ以上身近な人間に死なれるのを恐れていた。
彼女がその恐怖が感じるようになったのはいつからか。
それは、付き合っていたわけではないが、半同棲――ずっと一緒にいたラメルの死が引き金になったのだろうと思われる。
特にこれまで一緒に寝食を共にし、まるで家族のように過ごし来たバニラ、ストロベリー、ダークレート三人には、死んでほしくないという気持ちが日々強くなっていたのだ。
お互いに、慣れない環境から人間関係を作って来たこともあったのだろう。
まだまだ言うことを聞くわけではなかったが。
一緒に過ごして来た中で人間的に成長し、すっかり自分に懐いた三人に対して、マチャの中では親心のようなものが芽生えていた。
従業員たちの興奮冷めやらぬ状態で、全員が室内にあった銃火器などを床にあった隠し場所から取り出し始めている。
「マチャ、マチャ」
考えごとをしていたマチャに後ろには、いつの間にかバニラ、ストロベリー、ダークレートがいた。
マチャは、ダークレートがカカオを抱えて心配そうに声を掛けてくるのを見ると、問題ないと返事をした。
「ホント? なんか顔色悪いけど」
「大丈夫……それよりもお前ら――」
マチャが三人に向かって何かを言おうとしたとき、突然ストロベリーが声を張り上げる。
「よしッ! これでもう最後だね! さっさと片付けてまた遊園地行こうッ!!」
「あと水族館もね」
「あぁ、スパイシー·インクのボスを殺せばすべて終わるんだ。そうすれば後はジェラートさんが、オレたちの生活を良くしてくれるだろ」
他の従業員たちほどではないが。
バニラたち三人もそれなりに張り切っていた。
これで島がスパイシー·インクの支配から解放され、素晴らしい未来が待っているのだと、疑いもしない。
ジェラートに良い感情を持っていないダークレートさえそうなっていた。
マチャは口を開いたままだったが。
そんな三人を見て言葉を失っていた。




