#156
「そんな手に乗るか。たった二人でこの人数相手に大したもんだが、いつまでも持つかな」
ボボティがそう言うと、スパイシー·インク社員たちはさらに集まってくる。
それを見てマチャは思う。
思惑通りだと。
彼女が挑発したのは、ボボティを戦わせるためではない。
逃げたバニラたちから、自分たちに彼らの注意を向けさせるためのものだった。
安い挑発に見せかけたブラフにまんまとかかったボボティに、マチャの意図を察していたダークレートも思わず笑う。
「こいつ、大したことなさそうだね」
「あぁ、余裕がないのかなんなのかよくわからんが。こっちの思う壺だ」
しかし、実際にボボティの言う通り、この数――数十人を二人だけで相手にするのは正直厳しい。
もう十分敵は引きつけた。
そろそろこの場から逃げるかと、マチャは小声でダークレートへ声をかける。
「じゃあ、この辺で逃げるとしよう」
「そうだね。ここで逃げてもバニラたちよりアタシらを追って来るだろうし、頃合いだね」
「ダークレート、私の後にしっかりついて来いよ」
マチャはそう言うと、周囲を囲んでいるスパイシー·インクの社員たちへと飛び込んだ。
彼女へと襲い掛かる警備員たちをタクティカルペンで撃退しながら、包囲を抜けて行く。
ダークレートもサバイバルナイフを振るい、その後を追いかける。
「なにやってだよッ! 逃げられんじゃねぇ!」
二人の背後からはボボティの叫び声が聞こえる。
駆けるマチャとダークレートは、敵が自分たちを追いかけて来ているとほくそ笑み、このまま引き付けて遊園地を出ようとしていた。
遊園地内を走り、先ほどまでいた子供連れも夫婦や、若い男女のグループがいないことに気が付く。
避難誘導でもしたのだろうか。
凶悪犯でも現れたとか伝え、この遊園地から一般人を出したのか。
これまでと比べると、かなり規模が大きい手配の回し方だ。
この様子を見るに、今までのような幹部の一存ではなく、スパイシー·インク全体で動いている可能性がある。
そうなると、自分たちは街へ戻っても安全ではないかもしれない――とマチャは考えていた。
「どうしたのマチャ? うまくいったのに浮かない顔だね」
「いや、バニラたちが心配になってきた。もう、私たちに安全な場所はこの島のどこにもないのかもしれない……」
「それでもなんとかなるでしょ。最悪アタシらだけでも島を出ればいいし」
「……そうだな。それはいい考えかもしれない……」
マチャはダークレートの言葉を聞き、以前の自分では考えられないことを口にしていると、自嘲していた。




