#149
――汽笛が鳴り響く港で、バニラは待っていた。
もうすぐ来るであろう人物の荷物――リュックサックを背負い、ギターケースを抱くように立っている彼は、じっと海を眺めている。
目の前には、自分たちがこれから乗る貨物船がコンテナを降ろし、新しい荷を乗せていた。
「あッ、雨だ」
ポツリと呟く。
最初はポツポツと弱い雨が次第に強くなる。
当然、傘など持っていなかったバニラは、側にあった倉庫の一つで雨をしのぐ。
先ほどまで見ていた海は、その雨のせいで遠くまで見えなくなっていた。
時間はすでに夜になっていた。
予定していた出港時間はとうに過ぎており、マチャが手配してくれていた貨物船も、目の前に見えるのが最後だ。
これが出港してしまうと、バニラはもう今日は島を出られなくなる。
「おい、兄ちゃん。アンタがマチャさんが言ってた人だろ? もう船が出るぞ。早く乗りな」
マチャが連絡してくれた貨物船の乗務員の男――クルーが、バニラに声をかけてきた。
もう出港するから急いで船に乗り込めと言ってくる。
だが、バニラは何も答えない。
ただ虚ろな表情でクルーを見返して、首を横に振る。
それを見たクルーは人違いかと、その場を去って行った。
そして、バニラに別れを告げるように汽笛を鳴らし、最後の貨物船が出発する。
バニラは考える。
エンチラーダに何かあったのか。
スマートフォンで連絡を入れても電波が届かず、メッセージも受け付けてもらえない。
留守番電話にメッセージを残したが反応はない。
いや、最初に今日の午後に島を出ようと連絡を入れてから、エンチラーダから返信がないのだ。
だが、それでもバニラは待っていた。
雨が降っても夜になってもエンチラーダが来ると信じていた。
だが、もうそれも最後の船が港を出たことで意味のないものへと変わってしまった。
「ハハ……。やっぱ急すぎたのかな……。それとも……」
倉庫の屋根では雨を防ぎ切れず、バニラの身体はずぶ濡れになっていた。
横殴りの雨は、残酷にも打ちのめされた彼に追い打ちをかける。
それでも帰ろうとはしないバニラの耳に、聞きなれた小熊の鳴き声が聞こえてきた。
「コラ、カカオ。傘から飛び出さないの。濡れちゃうでしょ」
「別にいいじゃん。雨は天然のシャワーだから、カカオの野生を刺激してんじゃない?」
続いて、これまた聞きなれた二人の女の声が聞こえる。
バニラが顔を上げると、そこには首に樽を下げた小熊――カカオと、ダークレート、ストロベリーがいた。
二人は黒い傘と赤い傘を差しており、バニラのもとへ近づいて来る。
「お前ら……?」
「いたいた。さっさと帰ろう。風邪ひいちゃうよ」
驚くバニラに、ダークレートがそう言うとストロベリーが続く。
「そうだよ。アンタが風邪ひいたら明日遊園地にいけなくなるじゃん。マチャが全員一緒じゃなきゃ中止とか言うんだよ」
二人に続いてカカオが鳴く。
早く帰ろうと言っているようにバニラに飛びついて、ガウガウ鳴いている。
バニラは持っていたギターケースを床に置き、そんなカカオを抱くと急にその場から走り出した。
ダークレートとストロベリーは、突然走り出した彼のことを追いかける。
「迎えに来てやったのに、いきなり走るなバカッ!」
「まあ、いいじゃない。帰る気にはなったみたいだし」
ストロベリーが文句を言い、ダークレートがそれを宥めていた。
バニラたちが去った後には、エンチラーダのアコースティックギターが入ったケースだけが残った。
それは、まるで去って行く彼らのことを見送っているようだった。




