#148
「あ、あなたは……?」
エンチラーダはジェラートのことを知っていた。
それはリコンカーンの仕事をしていたときだ。
スイーツ&バー――ホワイト·リキッドのマスターをやってる男装の麗人。
この人工島テイスト·アイランドで唯一スパイシー·インクの支配をされていない店の経営者。
そんな人物がどうして自分の病室に来たのか。
エンチラーダはその理由がわからなかった。
「初めましてだよね。私のことは知ってるでしょ」
「えぇ、ジェラートさんですよね。僕なんかになんの用があるんですか?」
訊ねられたジェラートは、入ってきた扉を閉めて病室内へと入って来る。
そして、荷物がぎゅうぎゅうに詰まったリュックサックを一瞥し、先ほどエンチラーダが眺めていた窓へと歩を進めた。
「ねえ君、この島は好き?」
「え……?」
エンチラーダのほうに振り返ったジェラートは彼の問いには答えずに、反対に訊ねた。
穏やかな笑みを浮かべる彼女を見て、エンチラーダは何故か背筋が凍る。
そんな彼を見てジェラートは言葉を続ける。
「私は大好きだよ。自分が生まれ育った島だもの。それに愛している人がいるしね」
意味不明なことを話し始めたジェラートに、エンチラーダは恐怖していた。
どうしてだろう。
ジェラートに敵意などなく、笑顔なのに身体の震えが止まらない。
「あ、あの……言っている意味がよくわからないんですけど……?」
「あぁ、いいんだよ。別に意味が伝わらなくても」
ジェラートがそう言った瞬間――。
彼女はその長身とは思えない動きで、エンチラーダの身体を抑え込んだ。
いつの間にか背後へと回り、手の動きを封じられて口に手を当てられる。
これでは声を出すことができない。
身をよじり、フガフガと呻くエンチラーダの耳元でジェラートがそっと囁く。
「でも、君は違うみたいだね」
「うぐッ!?」
エンチラーダの腕と首が同時に締め上げられる。
ジェラートの長い腕が次第に強く食い込んでくる。
「が、がぁ……」
「残念」
力を込めながら呟くジェラート。
薄れる意識の中でエンチラーダは友人へ語り掛ける。
(ごめん……バニラ……。僕は一緒に行けないみたい……。せめて君だけでも……島を……)
そして、エンチラーダはジェラートの腕の中で倒れた。
ジェラートは、動かなくなったエンチラーダを病室にあったベットに寝かせると彼の手を握る。
「君の歌、私も好きだったよ。できれば、もう一度聴きたかったなぁ。でも、ごめんね」
そう言って、エンチラーダの見開いた両目を閉じたジェラートは、そのまま病室を後にした。




