#147
――バニラが街を走っている頃。
エンチラーダは病室にいた。
個室内でベットから立ち上がり、窓から外を見ている。
「兄さん……」
エンチラーダはバニラの仲間に捕まった兄――リコンカーンのことを考える。
彼がどうなったのかを心配しつつも、これまでに受けた仕打ちを思い出す。
たしかにリコンカーンがスパイシー·インクの幹部だったことで、エンチラーダの生活は安定していた。
この貧富の差が激しいテイスト·アイランドで、しっかりとした教育を受けることができ、食事にも着るものにも苦労しなかった。
だが、それでも自由のない生活――兄の指示でやらされていた仕事には耐えられなかった。
人殺しに加担するのはもう嫌だ。
自分は音楽をやりたい。
ギターを弾いて歌っていたい。
許されなかったことをずっとやっていたが、それも終わった。
もう家族に縛られることはないのだ。
「うん? 着信?」
彼がふとテーブルへと目をやると、スマートフォンにメッセージが入っていることに気が付く。
「誰からだろう……」
スマートフォンを操作して画面を見ると、そこにはバニラからのメッセージが入っていた。
今日の午後にこないだの港から貨物船が出る。
それで二人で島を出ようと、バニラらしい短い文章で書かれていた。
「もう、バニラったら……いきなり過ぎるよぉ……」
独り言を呟きながらエンチラーダは涙ぐんで笑っていた。
そして、スマートフォンの時計を見てから彼は病衣から自分の私服へと着替える。
身体のほうはもう大丈夫だ。
兄であるリコンカーンに撃たれた傷はまだ痛むが、激しい運動をしなければ問題ないだろう。
着替えながらエンチラーダは考える。
今になってどうしてバニラが自分と島を出ようと思ったのか。
どういう心境の変化があったのか。
いくら考えても答えは出なかったが。
バニラは自分と島を出る決断をしてくれた。
それが単純に嬉しい。
エンチラーダの顔に笑みがこぼれる。
島を出た後はきっと大変だろう。
まずは住むところと生活していくための仕事を探そう。
そして暮らしが落ち着いたら、また二人で路上ライブをしたり、この島ではできなかったことをたくさんしよう。
バニラはきっと要領が悪いから自分が頑張らねば。
たぶん辛いこともいっぱいある。
だけど、彼と二人ならそれでも楽しく生きていける――。
エンチラーダはこれから生活に不安を覚えながらも、バニラと二人になら乗り越えられると思っていた。
こんな酷い場所でもやってこれたんだ。
それに今度はひとりじゃない。
彼――バニラがいる。
「なんとかなるさ……。僕はもうひとりじゃないんだから……」
準備を終え、エンチラーダが病室を後にしようとすると、部屋にノックがコンコンコンと聞こえた。
医者とはさっき話したばかりだ。
看護師の巡回も時間的におかしい。
エンチラーダはまさかバニラが迎えに来たのかと、笑みを堪え切れない表情で扉を開ける。
「おはよう」
だが、そこにバニラはいなかった。
扉を開けて立っていたのは、二メートルはありそうな長身の女性――ホワイト·リキッドの経営者である男装の麗人ジェラートだった。




