#146
――残されたバニラはマチャが持ってきたアイスティーを一気に飲んだ。
「マズい……」
そう呟くとソファーから腰を上げて部屋を出て、カラオケボックスから早足で去って行く。
彼が向かっていると、ホワイト·リキッド一号店――ジェラートがいる本店だ。
これから店を辞めることを彼女に直接伝えるためだ。
今夜には貨物船が出航する。
その前にお世話になったジェラートには会っておきたかったのだ。
バニラにとって、この人工島テイスト·アイランドに良い思い出などほとんどない。
だがジェラートに対しては想うところがあった。
生まれて初めて抱きしめてくれた彼女には、自分の気持ちを伝えておきたかった。
キャップを深く被り、すでに早足だったバニラはさらに歩に早める。
すでに出勤時間――人がいる時間は過ぎていたのもあって、街に人はいない。
その中を無人の荒野を進むように駆け、バニラはホワイト·リキッド本店に辿り着く。
「おはようございます」
店に入り、今日の仕込みを始めている従業員たちに挨拶をするバニラ。
従業員たちは、どうして彼がこんな早くから店に来るのかを気にする様子はない。
ジェラートにでも呼び出されたのあろうと、店内を進むバニラに簡単に挨拶を返していた。
バニラは店内から奥の控室や地下室なども探したが。
ジェラートは店にいなかった。
従業員たちにも訊いてみたが、どうやら彼らもジェラートがどこにいるのかを知らないらしい。
「困ったな……。でも、しょうがないか」
肩を落としたバニラは、店を出てスマートフォンを取り出した。
直接伝えることは諦め、電話かまたはメッセージを送ろうと思ったのだ。
しかし、いくら電話をかけてもジェラートは出ず、どうしてだがメッセージは送れなかった。
端末に不具合でもあるのか。
それとも通信が不安定なのか。
バニラには原因がわからなかったが。
後でまたかけようとジェラートへの連絡を諦める。
「そうだ、あとエンチラーダにも連絡しなきゃ」
思い出したかのようにエンチラーダに電話をかけるバニラだったが。
エンチラーダは電話に出なかった。
リハビリ中なのだろうか。
バニラは電話を諦めてメッセージを送ることにする。
それから彼は、エンチラーダの荷物を取りに彼の働いていたメキシコ料理屋へと向かう。
自分の荷物は特にない。
しいて言えばアコースティックギターだが。
こないだのリコンカーンの襲撃で、マチャに家にあった買ったばかりにギターも壊されてしまった。
そして、今頃になってバニラは気が付く。
「よく考えたら港まで行かなきゃいけないんだよな。午後からだから病院に行っている時間もないやッ!」
着替えや必要なものは、マチャから餞別にとしてもらった金で買えばいいと、彼はメキシコ料理屋へと走った。




