#127
――バニラは途中でタクシーを捕まえて港へと向かっていた。
目的地を伝え、車内でドリンクボトルを握ながら俯く。
ダークレートからは使用しないように言われていたが。
マチャや彼女を助けるには、トランス·シェイクは必要だ。
トランス·シェイクとは、ホワイト·リキッドの経営者であるジェラートのお手製のドリンク。
飲むと人知を超えた腕力を手に入れ、あり得ない速度で動けるようになる。
おそらくエンチラーダの兄であるリコンカーンは、スパイシー·インクの社員たちを連れていて拳銃も持っている。
マチャの指導のおかげで以前とは比べものにならないほど戦闘技術は身についたものの、武器を所持している上に多勢に無勢。
さらに人質が取られているのだ。
だがトランス·シェイクを使わねば、自分一人ではマチャたちを助けることはできないだろう。
バニラはそう考えながらジッとしていると、走っているほうがまだ落ち着くと、車内で焦れていた。
自分の許容範囲をとっくに超えてしまった異常事態に、今も頭の中がまとまらない。
生まれて初めてできた友人――。
エンチラーダが敵の幹部の弟だったことや、彼が言っていた自分の現状など、考えれば考えるほど混乱してしまう。
「だけど……今はマチャたちだ。あいつらには……よくわかんないけど死んでほしくない」
乗車してからブツブツと独り言を口にし続けているバニラに、タクシーの運転手が不可解そうにしていたが、彼にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
そして、目的地である港へと到着。
エンチラーダの話によれば倉庫だという話だが。
目の前には船で運ばれてきた積み荷の山と、いくつもの倉庫が並んでいる。
「倉庫っていったってどれだよ!? どれにあいつらがいるんだよッ!」
タクシードライバーにここまでの運賃を支払い、バニラは積み荷と倉庫が並ぶ港内を駆ける。
彼が焦って探し回っていると、この港には似合わない黒塗りの警備会社車両が並んでいるのが見えた。
その側面には、バニラの知るスパイシー·インクのロゴが書かれている。
「あったッ! ここだなッ!」
倉庫の前に並んで駐車してある警備会社車両。
それを発見したバニラは、ずっと握っていたドリンクボトルの蓋を開け、一気に飲み干した。
液体が体内に流れると、彼は全身を上下に震わせ始める。
それは、まるでバーテンバーがカクテルを作るときに振るシェイカーのような動きだ。
目の瞳孔が開き、その全身には刺青でも入れたかのような模様が浮かび上がる。
トランス·シェイクの効果が出てきた証拠だ。
戦闘態勢に入ったバニラは、考えなしにその倉庫の分厚い扉を蹴破って中へと侵入する。
「オラァァァッ!」
出入り口付近にいた警備服姿の男たちをなぎ倒し、倉庫の奥へと進む。
そして、バニラがその奥で見たものは――。
「よう、やっと来たな」
拘束されたマチャとダークレートと、エンチラーダの兄――リコンカーンの姿だった。




