#123
――バニラはエンチラーダと共に街の祭りに来ていた。
とはいっても商店街で開かれたささやかなものだが。
露店に出されたたこ焼きやお好み焼きなど食べながら、賑わっている雰囲気を楽しんでいる。
「こんなイベントあったんだな。オレ、今まで知らなかった」
「ホントにバニラは何も知らないんだから。毎年やってるよ、このお祭り」
からかうように言ってくるエンチラーダに、バニラは「うっせ」と返事をしながらも嬉しそうだ。
そして、実際に彼は嬉しかった。
エンチラーダの長い髪と羽織っているポンチョが揺れる度に、バニラの胸も躍っている状態だ。
食べ歩きと祭り雰囲気を楽しんだ二人は、商店街から少し離れた公園へと来ていた。
少し高い位置にあるその公園からは、果てしなく続く青い海が見える。
「綺麗だね」
「あぁ、海をちゃんと見るのって……初めてかもしんない」
時間は午後を過ぎて夕暮れ時になり、二人にオレンジ色の光がそそぐ。
まるで二人がいるこの場所だけが別の世界かのように、周囲の色が変わっていく。
「ねえ、バニラ」
「ん?」
「いろいろ考えたんだけどさ。君の状況ってやっぱりおかしいよ」
バニラにはエンチラーダの言っていることがわからなかった。
それは彼がエンチラーダに、自分のことをろくに話していなかったからだった。
表向きは飲食店で働いていると伝えていたが。
実はホワイト·リキッドで働き、夜にはこの人工島テイスト·アイランドを仕切っている組織壊滅のために動いていることを、バニラは言えずにいた。
もちろん誰にも店のこと――ジェラートが首謀者だということを知られないためではあったが。
何よりもバニラはここ数日エンチラーダとの楽しかった日々に、血生臭い現実を切り離していたかった。
彼を自分の状況に巻き込みたくなかったのだ。
だがエンチラーダは、まるでそのことを知っているかの物言いだった。
「僕とそんなに変わらない歳なのに、変な薬を飲まされて……殺しをさせるなんて……。絶対におかしい……」
「エンチラーダ……? お前、どうしてそのことを……?」
「バニラッ!」
エンチラーダはバニラの両肩をその細い腕で掴んだ。
海があるほうからバニラの身体を自分のほうへと向け、彼の両目を見つめる。
そのときのエンチラーダの瞳は潤んでいた。
バニラはわからない。
何故エンチラーダが話してもいないことを知っているのか。
何故彼が涙ぐんでいるのかも。
真摯な眼差しで見つめたまま、エンチラーダはバニラに向かってゆっくりと口を開く。
「すべて捨てて……僕と逃げない?」




