#121
自分のギターを手に入れたバニラは、エンチラーダと一緒に路上ライブをするようになった。
曲はもちろんエンチラーダが作り、歌とリードパートを彼が行い、バニラはリズムパート担当だ。
実際にやってみると、緊張でミスを連発してしたバニラに観客から「がんばれ~」と失笑も漏れたりもしたが。
二人の演奏は、これまでエンチラーダの路上ライブを観てくれていた人たちにも受け入れられた。
バニラは楽しかった。
エンチラーダと出会って食べたことのないメキシコ料理や、ギターの演奏を覚えたりと、彼の生活はこれまでにないほど充実していた。
ジェラートに拾われるまで毎日ゴミを漁って一人生きていた頃――。
その後にロッキーロードがマスターをやっていたホワイト·リキッド三号店での暮らしに比べると、マチャの家に来てからのバニラの生活は幸せそのものだったといえる、
バニラはエンチラーダとの仲が深まっていくと、彼をマチャの家に入れたりもした。
当然マチャたちには黙って、彼女たちが仕事でいない時間帯を選んで自宅で練習。
買ってもらってからろくに使っていなかったスマートフォンに、エンチラーダの作った曲を入れて二人でスイーツを食べながら音楽を聴いたりしていた。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「まだ大丈夫だぞ」
「これからちょっと人と会うんだ」
「誰だよ?」
今日はメキシコ料理屋のバイトもないというのに、帰ろうとするエンチラーダに訊ねたバニラ。
誰と会うのだと何気なく訊くと、エンチラーダの表情が曇る。
「えーと、兄さんと会うんだ」
「へー知らなかった。エンチラーダには兄さんがいたんだな」
「う、うん……それじゃまたね」
エンチラーダはギターケースを手に取って、マチャの家を足早に出て行った。
部屋に残ったバニラは、エンチラーダが選んで購入した白いアコースティックギターを抱いて横になると呟く。
「楽しいな……ずっとこのまま……続くといいなぁ……」
――バニラと別れたエンチラーダが自宅に戻ると、部屋には大きなつばの帽子――ソンブレロを被ったスーツ姿の男がいた。
彼の兄であり、スパイシー·インクの幹部であるリコンカーンだ。
「よう。なんだ? 相変わらず音楽なんてやってんのか?」
「別にいいだろ」
エンチラーダはギターケースを置くと、不機嫌そうに返事をした。
そして、両腕を組んで立ったまま兄のほうを振り向く。
「それよりも、こないだのことは断ったでしょ。僕はもう兄さんのことを手伝ったりしないって」
「あぁ、それな。もういいんだよ。お前はもう仕事をしてくれたから」
「え……? 僕は何もしてないけど?」
組んでいた両腕を下ろして、両目を見開くエンチラーダ。
リコンカーンはそんな弟を見て不敵に笑う。
「最近お前がつるんでる白髪な。あいつが俺が調べてほしかった奴なんだ」
兄の言葉を聞いたエンチラーダは、あり得ないことに言葉を失ってしまった。




