#118
――エンチラーダに連れられ、バニラはメキシコ料理屋やへとやってきた。
彼がテーブルに座ると、羽織っていたポンチョを脱いでエンチラーダはエプロンを身に付ける。
「注文はどうする?」
「いやオレ、金ないし。メキシコ料理って食べたことないし」
「そっかそっか。じゃあ任せて。ヘイ店長! 僕と彼にポソレお願いね!」
エンチラーダはバニラの隣に座ると、髭を生やした男――店長に声をかけた。
店内を見るに、どうやらこの店は彼とエンチラーダ二人で回しているようだ。
「おいエンチラーダ。お前、店員だろう。なにエプロン付けた途端に席についてるんだよ」
「いいじゃないですか。もうお昼のピークは終わってるんだし」
「そのピーク時に来なかった奴が仕事をサボるな。まだ洗ってない皿が山ほどあるんだぞ」
「食べたらやりますから、お願い!」
エンチラーダは両手を合わせて悲願する。
店長は「はぁ」とため息をつくと、注文された料理を作り始めた。
それを見たエンチラーダはニッコリと微笑んで、「店長大好き!」と声を張り上げていた。
「うちだったらマチャに殺されるな……」
「うん? マチャって誰?」
「オレの先輩」
「なんだ? バニラも飲食店やってるんだね。まさかの同業者だったのか~」
どうしてだろう。
笑っているエンチラーダを見ていると楽しくなる。
バニラは、何故自分が出会ったばかりの人間を見て、こんなに気分が良くなっているのかがわからなかった。
それは彼がこれまでの人生で、誰もが得るであろう友人というものを知らなかったからだと思われる。
「なんか縁があるよね。僕らって」
「えん? えんってなんだ?」
「バニラは本当になんにも知らんのだね~。メキシコも知らなかったし」
「あぁ。オレ、学校とか行ってないからな。漢字も読めないし、計算とかもよくわかんないし。でも、ちょっとは覚えたいかも……」
「じゃ教えてあげるよ。でも、その前にポソレだよ」
髭の店長がテーブルにポソレを運んできた。
ポソレとはメキシコの伝統料理で、“ひき割りトウモロコシ”という意味の具だくさんのコーンスープである。
よく知られているコーンスープとは違い、豚骨スープに豚か鶏肉と大粒のもちもち食感のトウモロコシ(マイス)がたっぷり入っているものだ。
赤、緑、白の三種類とあるが、エンチラーダは赤のポソレが好みのようで、それが出てきた。
頼んだポソレはセットだったのか。
サイドとしてケサディーヤやサラダ、ライムなどが乗った皿も一緒に置かれている。
「さあ、食べよう。すぐ食べよう。ポソレは熱いうちに食べるのがいいんだ」




