#11
――遊びに行ったストロベリーたちと別れ、一人で自宅であるマンションへと戻ったバニラ。
彼は玄関で靴を脱ぐと、キッチンにある水道水の蛇口の栓をひねった。
出てきた水に口をつけてゴクゴクと飲むと、棚を漁ってインスタントラーメンを手に取る。
袋を開き、入っていた固い麺に付属していた粉末スープをかけると、バリバリと食べ始めた。
バニラの食事は基本的に、今食べているお湯を使わずに食べるインスタントラーメンだ。
食べる時間もバラバラで、彼は空腹を感じれば食べるという生活を続けている。
それは、このマンションの主であるロッキーロードの与える食べ物がインスタントラーメンだけだからだ。
普通ならやかんや電気ケトルで沸かしたお湯を使って作るものだが。
バニラにはお湯の沸かし方がわからないため、このような食べ方をしている。
味自体は悪くないようで、彼もこの食事で満足していた。
バニラはインスタントラーメンを食べ終えると、また水道水を飲み、キッチンの隅にあった寝袋を広げて中に入る。
この寝袋はマミー型、または人形型と呼ばれるタイプのもので、バニラのこの家での寝床だ。
何故室内で寝袋なのか。
それは彼らの面倒をみているロッキーロードが、ベットや布団を用意するのを渋ったためだった。
だが、それでもバニラに文句はない。
毎日インスタントラーメンでも、ベットや布団がなくても、これまでの彼の生活に比べれば天国だからだ。
公園の遊具や橋の下で雨風をしのぎ、ゴミを漁っていた生活だったバニラにとって、食べものがあって寒さに震えずに眠れることで十分に満足なのだ。
彼が眠る前に歯も磨かず、風呂も入らないのも、そんな習慣があることを知らないからだった。
ロッキーロードがもっと面倒見の良い性格だったのなら教えそうなものだが。
彼からすれば、食事と眠るところを与えているのだから問題はないと考えている。
実際に、人の生活というものを知らず、これまで路上生活をしていたバニラにとって文句などない。
だがまとな人間ならば、どう見ても彼の生活はネグレクト――児童虐待と思うだろう。
バニラが古代エジプトのミイラのようにキッチンで寝ようとしていると、玄関の扉が開いた。
ドスドスと重たい足取り――。
どうやらこの部屋の家主であり、バニラたちの面倒をみるように言われているロッキーロードが帰って来たようだ。
「うん? なんだいたのか。もっと端っこで寝ろよ。邪魔だろ」
珍しくバニラに声をかけたロッキーロード。
知らない人間が見ればそうは思えないだろうが。
彼はこれでもかなり上機嫌だ。
普段は寝ているバニラを何も言わずに蹴り飛ばし、ましてや仕事以外のことで声などかけない。
バニラが何も答えずに見上げると、そこには、そのたるんだ腹と同じくらいゆるんだロッキーロードの顔があった。
下卑た笑みを浮かべているその表情を見るに、どうやら何か良いことがあったのだろうとバニラは思い、寝袋に入ったままキッチンの端へと転がる。
「それでいいんだよ。子供はさっさと寝な」
ロッキーロードはそう言うと、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出していた。
バニラは返事をすることなく、そのまま両目を瞑り、明日の仕事のために眠りに入った。




