#112
ジェラートの言葉に――。
マチャは一瞬だけ固まってしまった。
だが、すぐに表情を戻して彼女に訊ねる。
「それは、もう聞きたいことは聞いたということですか?」
ジェラートはクスッと上品な笑みを見える。
いつもと変わらない穏やかで人を安心させる彼女の笑顔だ。
「そうだよ。だからもう彼はいらない。安心して、皆とはちゃんと話し合ってるから」
「……話し合ったとは?」
「全員一致で、ラメルと特に親しかったあなたに、好きなようにさせるってことだよ」
ニコッとさらに口角を上げたジェラート。
彼女はホワイト·リキッドの従業員たちの了解を得て、チゲの始末をマチャにつけさせてあげると説明した。
「なんだったら彼女を連れて来ようか?」
「彼女?」
「嫌だなぁ、忘れちゃったの。あなたの元同僚だよ」
ジェラートはチゲだけで満足しないのなら、直接ラメルを殺した犯人――ベヒナも連れてくるかとマチャに訊ねた。
マチャはこれまでのホワイト·リキッドの仕事で、当然人を殺した経験はあったが。
無抵抗の人間に一方的に手を出したことはなかった。
そのことからわかる通り、彼女には拷問の経験もない。
それはマチャが人を殺す動機――痛めつける理由が、すべてこの人工島――テイスト·アイランドを良くするためという義憤からきているからだった。
ジェラートは、もちろんそんな彼女の性分を理解している。
正義感が強く、曲がったことを嫌う性格だとわかっている。
これまでマチャに拷問の仕事をさせなかったのは、それが理由だった。
しかしジェラートは、それを今やれとマチャに囁く。
「どうする? 定番どころなら爪を剥がしていくとかだけど、いきなり全身の皮を剥がしてやるのもいいよね。そうだ! マチャ、あなた道具は使いたい? ここにある物以外でも、あなたが望めば用意させるけど?」
「何を言ってるんですか……?」
唖然として口を開いたマチャ。
どうやら彼女は、ジェラートが何故こんなことを自分にさせようとしているのか、理解に苦しんでいるようだ。
「何って、さっき話したでしょ? あなたはラメルと特に仲が良かったから、皆が仇を討つ役を譲ってくれたんだよ」
「……それでも、こいつをいたぶって殺しても……ラメルは生き返りません……」
「でも、供養にはなるんじゃない?」
「そんなことをしたって、ラメルは喜びませんよ……」
「そう……ならやめとく?」
ジェラートは残念そうにマチャのことを見つめている。
するとマチャはポケットに入れていた煙草の箱を手に取り、それを眺めていた。
だが、くわえても火はつけない。
「吸っていいよ。ここの換気はしっかりしてるからね」
ジェラートにそう言われたマチャは、煙草をくわえて火を付けた。
地下室に彼女の吐く紫煙が舞い上がる。
「ジェラートさん……」
「なに?」
「こいつと二人だけにしてもらっていいですか?」
マチャの頼みに、ジェラートはニッコリと微笑むと軽やかに地下室を出て行った。
一人残ったマチャは、拘束されたチゲを見下ろしながら、彼に吸った煙を吐きかける。
チゲに反応はない。
ただ虚ろな表情で床を見ているだけだ。
「……ラメル。私も全部終わったらあんたのとこ行くから……。そしたら、また一緒に飲もう……」




