#109
だが、ゆっくりと階段を下りていたチゲの前に、一人の少女が現れた。
赤毛の少女――ストロベリーだ。
ストロベリーはニカッとチゲに歯を見せると、彼に言う。
「よう、なんかフラフラだね~。お酒でも飲み過ぎたの?」
チゲはすぐに拳銃を抜いて彼女へと向ける。
ストロベリーは両手を上げて仰け反ると、彼に交渉を持ちかけた。
それは、この場からチゲを逃がす代わりに自分の今後の安全を保証してほしいというものだった。
当然チゲは彼女のことを疑ったが。
以前、ショッピングモールのフードコート襲撃時に――。
この赤毛の少女が仲間をおいて一目散に逃げ出したことを思い出していた。
「ねえねえ、ちゃんとアンタを逃がしてあげるからさ~。あたしのこと受け入れてよ」
「くッ!? 気に入らんが……ここはお前の話に乗るとしよう」
「そうこなくっちゃね。じゃあ、肩かしてあげる。喜べよ。こんなカワイイ女の子に触れることなんて滅多にないんだから」
「私は……子供に興味はない……」
ストロベリーへの警戒を解いたチゲは、拳銃をしまうと近づいて来る彼女の肩へ手を伸ばした。
バニラに喰らわされたクロスカウンターのダメージが抜けていない彼に取っては、まさに救いの手だったが。
ストロベリーに肩を借りた瞬間に、チゲの身体は階段から転げ落ちた。
「ぐはッ!?」
全身を強烈な痛みが襲い、一体何が起きたんだと倒れたチゲを見下ろして、ストロベリーが笑う。
「ねえ、アンタは先生教えてもらわなかったの? 敵の甘い言葉に乗せられるなってさ」
薄れゆく意識の中で聞こえてくる少女の笑い声。
チゲは、自分も焼きが回ったと思いながら完全に沈黙した。
――その後、バニラが目を覚ましたのは狭い部屋だった。
消毒液臭い一度彼が来たことのある一室。
目の前にはマチャと足に包帯を巻いたダークレートと小熊がおり、どうやら彼は闇医者であるクリムのところに運ばれたようだ。
「目が覚めたか。死ぬところだったんだぞ、お前」
マチャが両目を開いたバニラにため息交じりで言うと、彼は身体を起こそうとする。
しかし、マチャはまだ寝ているように言い、強引にベットに押さえつけた。
「たしか……拳銃で撃たれて……。あれからどうなったんだ……?」
ベットに寝かされながら訊ねるバニラに、マチャが説明する。
彼が撃たれた後に、逃亡しようとしていたチゲをストロベリーが捕らえた。
捕えられたチゲはジェラートのいるホワイト·リキッドの本店に移送され、そこで彼からスパイシー·インクの情報を聞き出すための準備に入っているようだ。
「そっか……。作戦が成功したならいいや」
「よくないだろう」
ベットでホッとしているバニラを見て、マチャが言う。
彼女はダークレートからそのときの状況を聞いたようで、バニラの詰めの甘さを指摘し始めた。
「相手を倒した気になってやられたんだってな。気を付けろよ。今回は運が良かったが、次は死ぬぞ。死んだらメシ抜きだ」
「あぁ、わかった……」
めずらしく不満そうに返事をしたバニラ。
そんな彼の顔と無愛想なマチャを交互に見たカカオは、悲しそうに鳴いている。
話を終えたマチャは、そんなバニラのことなど気にせずに部屋を出て行こうとした。
だが扉の取っ手に握ると、彼女はバニラに向かって口を開く。
「だけど、クロスカウンターを決めたんだってな。よくやった。あと真っ先にダークレートの怪我を心配したお前は偉いよ」
「え……?」
マチャは背中を向けながらバニラを労うと、そのまま部屋を後にした。




