#108
クロスカウンターとは、ボクシングにおけるカウンターブロウの一種で、選手両者が正対しているとき、相手の打撃に相前後して相手の顔面に打撃を加えるものである。
相手が打ってくると同時に、多くの場合で相手のストレートに合わせて、そののストレートの外側からフックを打撃するテクニックだ。
右に対して左、もしくは左に対して右という風に両者の腕が交差することになるため、この名がつけられた。
成功すればダメージが大きいが、失敗するリスクも高い、殴り合いにおける高等技術である。
バニラはダークレートが読んでいた漫画からこの技のことを知り、マチャから教えてもらった。
彼女に教えてもらっていたときの成功確率は半分にも満たなかったが。
この土壇場でバニラは、クロスカウンターを成功させた。
「や、やったね……。これでアンタも明日のなんとかだ……」
顔を覆っていた布を撃たれた足に巻いて止血するダークレート。
彼女は銃創に耐えながらも笑みを浮かべている。
バニラはそんな彼女に手を伸ばし、肩を貸して強引に立たせる。
「とりあえずお前のケガを治さなきゃな」
「まだ油断するなって。ダウンしてもまだ意識はありそうだよ、こいつ」
ダークレートの言う通り、チゲは呻きながらも腹這いになって動いていた。
まるでナメクジのようにモソモソと移動し、それからな壁に寄り掛かって、なんとか立ち上がろうと藻掻いている。
だが、もうどう見ても戦えるようには見えない。
軽い脳震盪を起こしているのだろう。
せいぜい、この場で這いまわることしかできなそうだ。
「この状態じゃもう逃げきれないだろ。あとは他の人に任せてお前の治療を――」
バニラがダークレートにそう言った瞬間――。
銃声と共に彼の腹部から血が噴き出した。
チゲがいつの間にか拾った拳銃を連射して、バニラを撃ったのだ。
「ガハッ!?」
「バニラッ!?」
ダークレートを支えきれずに倒れるバニラ。
彼女は自分の怪我のことも忘れて彼に声をかけ続けていた。
チゲはそんな二人を見ると、弾切れになった拳銃をジャケットの内ポケットに入れてその場から去って行く。
「やはり馬鹿だな……スラム出身の子供は……」
その後に彼は、生まれたての小鹿のような足取りで階段へと向かっていった。
どうやらバニラたちに止めを刺すことよりも、自分が逃げることを優先したようだ。
「バニラ! バニラ!」
階段に辿り着いたチゲの背中には、フロア内に響くダークレートの叫びが聞こえていた。
悲痛な少女の叫びを聞いて、チゲは独り言を呟く。
「だが……私を倒すためにした努力は認めてやるよ、白髪……」
そして、彼は微笑みながら階段を下りて行った。




