#106
両腕を上げ、左手を前に突き出したオーソドックスなファイティングポーズ。
ショッピングモールのフードコートで戦ったときは、この構えで完全にバニラを圧倒したチゲのボクサースタイルだが。
バニラもダークレートも、まったく恐れることなく彼へと向かっていく。
「あれ? なんかこう見ると、全然強そうに感じないな。前は絶対に勝てないとか思ったのに」
「アンタ、あのときフルボッコにされてたもんね。でもわかるよ、その感じ方。こいつよりもマチャと向き合ったときのほうが怖かったし」
「だよな。こいつもホントは弱いんじゃないか?」
挑発か――。
いや、バニラたちにそんな意図はなく本音で話していると感じたチゲは、取り乱すことなくジッと二人の動きを見据えている。
たしかにこの二人は強くなった。
最初にやり合ったときとは、明らかに動きや佇まい違う。
この約一ヶ月で一体何があったのか。
だが、それでもまだまだ自分のほうが上だと、チゲはその自信を冷静さへと変化させていく。
ある程度の距離に近づくと、バニラとダークレートが左右へと散った。
そして、二人は同時に側面からチゲへと襲い掛かる。
(速いッ!? しかも別方向から仕掛けてくるとはッ!?)
バニラとダークレートの挙動の速さと、二人という優位を活用した攻撃にチゲは面食らったが。
それでも動揺せずに、フットワークを使って放たれる拳の雨を避けていく。
「当たらないな。なんでだろう?」
「全部覚えたって言ってなかった、アンタ? マチャがこういうときはどうすればいいか言ってたでしょ?」
「そうだった。足だな」
言葉を交わし合う余裕のバニラとダークレート。
チゲはその会話を聞き、何か仕掛けてくると思って二人から距離を取ろうとしたが――。
「逃がすかよ」
それを読んでいたバニラにローキックを喰らわされる。
その一撃で自慢のフットワーク――足が止まり、バニラとダークレートの攻撃を避けられなくなってしまった。
「当たるようにはなったけど、防がれるな。身体をちぢめるてるせいで顔や腹に入れれない」
「なんか寒い日の小熊みたいだね」
それでもなんとか直撃はさせず、四肢を駆使してガードしているものの、このままでは倒される――。
チゲはそう思いながらジリジリと追い詰められていた。
だが、それでも彼は狼狽えたりはしなかった。
しっかりと側面から襲ってくるバニラとダークレートの連携に対応しつつ、再びフットワークを使い始める。
そして、ついに二人の攻撃から距離を取ることに成功した。
「あれ? おかしいなぁ? なぜか逃げられた」
「やつぱこいつ、ただ者じゃないね。でもマチャのほうが全然上」
敵の見事な足運びにバニラが首を傾げていると、ダークレートはそれでもマチャのほうが実力があると口にした。
チゲはそんな二人を見据えなからファイティングポーズを解くと、着ているジャケットの内ポケットに手を伸ばした。




