#105
バニラとダークレートの会話を聞いていたチゲは、大きくため息をつく。
「バカが。これだから学校も行ってないようなスラムの子供は駄目なんだ。自分たちの置かれている状況すら理解できない」
「こないだとは違うと思うぞ。オレ、ちょっと強くなったから」
自信満々に近づいて来るバニラを見て、チゲが言う。
「強くなっただと? 漫画じゃあるまいし。じゃあ、どのくらい強くなったんだよ? 具体的に説明してみろ」
「お前をぶちのめせるくらい」
その言葉の後に、バニラの拳がチゲの顔面に突き刺さった。
フロアの廊下を吹き飛んでいくチゲを見て、傍にいた彼の部下二人が警棒を構える。
だが、いつの間にか距離を縮めていたダークレートが、彼らの身体にスタンガンを当てて放電。
動きが止まった男二人を、バニラとダークレートがそれぞれその首を締め上げて失神させた。
マチャから習った裸絞――別名チョークスリーパーだ。
格闘技なんて何も知らない。
だが誰でも掛けたことがあり、掛けられたことがある技だ。
シンプルに相手の首に腕を巻きつけて、絞めれば掛かるものだと思っている者が多いが。
実際相手にかけてみたら 掛からないことが非常に多い。
しかし、バニラとダークレートは約一ヶ月間、マチャからみっちり格闘技術を仕込まれ、まだ荒削りなものの基本的な技はものにしていた。
今の彼らならば、たとえ体格差のある相手でも、トランス·シェイク無しで戦えるほどになっている。
「あれ? こいつら弱すぎるな。つーか、ダークレート。そんな便利なものどこで手に入れたんだよ?」
「前に護身用にってクリムにもらった」
「いいな。オレにくれよ、それ」
「ヤダ」
あっという間にスパイシー·インクの社員二人を無力化してみせたバニラとダークレート。
チゲはすぐに立ち上がって、緊張感のない会話をしている二人のことを睨みつけていた。
(くッ!? 油断してたとはいえ、私があの子供の一撃をもらったのかッ!? ありえん! あえりんぞ!?)
チゲは驚きを隠せない。
こないだショッピングモールのフードコートでバニラと彼が戦ったときは、一撃も喰らうことなく翻弄できていた。
それがたった一ヶ月かそこらで、自分に攻撃が当てられるほど成長したのかと、その目つきの悪い両目を歪めている。
「安心しろよ。お前は殺さないで捕まえるように言われてるからさ」
「ホントは殺してやりたいけどね」
「あぁ。でも、生きてればなにしてもいいんだろ。とりあえずこいつの両目とキンタマを潰す」
「ねえアンタ。年頃の女の子前でキンタマとか言わないでくれる? 引くんだけど、下ネタとか」
軽口を交わし合う二人を見たチゲは深呼吸すると、ゆっくりと身構えた。




