#103
グラノーラを先頭にビル内に入ると、受付にいた女性やその周囲にいたスーツ姿の者たちが一斉に彼らへと視線を向けた。
布で顔を覆った集団が現れたのだ。
当然彼らのことを不審者だと思うだろう。
受付の女性が電話を手に取ろうとすると、彼女は問答無用でナイフを胸に突き刺された。
それが襲撃開始の合図となり、一階でホワイト·リキッドの従業員たちによる虐殺が始まる。
男も女も関係なく、誰であろうとロビーにいた人間は彼ら彼女らに殺されていく。
反撃も叫ぶことすら許されず、刃物を突き立てられ、真っ白だったフロアは無抵抗な人間たちの血で真っ赤に染まっていく。
「マチャたち二号店の人間は上に行ってチゲを捕えろ。後は俺に続いて虱潰しにフロアを回っていくぞ」
グラノーラがそう言うと、マチャは頷き、バニラ、ストロベリー、ダークレート三人を連れてエレベーターへと入っていった。
扉を開けて中へと入り、四人はこのビルのボスであるチゲのいる最上階へと向かう。
「もう取っていいよね、これ」
「だからダメだって言われてるでしょ?」
ストロベリーが顔を覆っていた布を訊ねながら外すと、ダークレートが注意した。
だがマチャが構わないと一言と呟き、エレベーター内にあった液晶パネルを眺めている。
ニ、三、四と数字が変わっていくのを見て、マチャはその身体を震わせていた。
そんな彼女に、ダークレートは何も言えなかった。
それは、ラメルが殺されてからの約一ヶ月――。
自分たちの前では動揺することがなかったマチャが、初めてわかりやすく見せた感情の動きだったからだ。
ストロベリーに続き、バニラも顔を覆っていた布を外す。
「ちょっとッ!? アンタまでッ!?」
「別にいいだろ。どうせ全員殺すんだ。あッ、でもチゲってあのガリガリは殺しちゃダメだって話だった」
バニラの返事にダークレートが顔をしかめていると、エレベーターが止まった。
扉が開くと、そこにはスパイシー·インクの制服――警備服姿の男たちが集団で立っていた。
皆、警棒を持って侵入者を叩きのめそうと臨戦態勢に入っている状態だ。
「まだこんなにいたのッ!?」
「面倒くさいなぁ。さっさとチゲのヤツのとこ行きたいのに」
ダークレートが敵の数に驚いていると、バニラがぼやくように口を開いた。
警棒はこの人工島テイスト·アイランドの法律により、あらかじめ届け出をしたものしか携帯や使用ができない。
使用する前日までに規定の様式に従って届け出をする必要があり、これに違反すると三十万以下の罰金が科せられる。
だが、この島を支配しているのは彼らが働くスパイシー·インク。
警棒の許可の有無はなどは関係なく、業務での所持が認められている。
「ここはあたしがやってやるよ!」
ストロベリーがいつの間にか手に取ったドリンクボトルを一気に飲み干した。
それは当然ジェラートのお手製ドリンクであるトランス·シェイクだ。
ストロベリーが飲み終えてドリンクボトを投げ捨てると、彼女は全身を上下に震わせ始める。
まるでバーテンバーがカクテルを作るときに振るシェイカーのような動き――。
そして、ストロベリーの目の瞳孔が開き、その全身には刺青でも入れたかのような模様が浮かび上がる。
「ハッハ! あたしがどれだけ強くなったかこいつらで試してやるッ!」
声を張り上げてストロベリーはスパイシー·インクの社員たちの中へと飛び込んでいく。
そんな彼女の後ろ姿を見て、ダークレートは呆れていた。
「ねえマチャ。どうしよう? あいつ、勝手に飛び出して行っちゃったけど……」
「お前とバニラは上に行ってくれ。ストロベリーのフォローは私がやる」
マチャはそう二人に指示を出すと、エレベーターを降りた。
それから彼女は背中を向けたままバニラとダークレートに声をかける。
「バニラ、ダークレート」
「うん? なにマチャ?」
「アドバイスならいらないぞ。お前に教えてもらったことはもう全部覚えた」
ダークレートが先に声を出し、バニラは問題がないことを口にした。
二人の言葉を聞いたマチャは、振り返ることなく言う。
「死ぬなよ。死んだらメシ抜きだ」
マチャはそう言うと、エレベーターの扉を閉めるボタンを押して歩を進めた。




