事の詳細
聖来の話に寄れば、こうだ。最近、誰かの視線を感じることが多い。気のせいなのかと思っていたが、差出人の名前もない手紙が郵便受けに入っていたり、メッセージカードがついた花束が届いたりした。しかも最近体育祭が近いので夜の帰宅になることもあって、そうすると後をつけてくる足音がする。それは早足になれば速く、ゆっくり歩けばゆっくりと聖来の歩調に合わせているようだった。
「もう気持ち悪くって」
「で、今日はおじさんもおばさんもいないから心もとないと」
「そう。だから、山田さん。今晩番人になって」
合掌をして頭を下げる。
「いやいや、それはまずいんじゃないかな。その何て言うのかな、ほら聖来ちゃんは高校生なんだし……」
「山田さん、何考えてんですか? 私が言っているのは山田さんが門番になってほしいってことなんですけど」
「いや、それ番犬扱いだよね」
と言ったところで、リビングのドアが開いた。
「あら、こちらが噂の?」
現れた制服姿の女子は、山田に一直線で近づくと、そのアンダーフレームのメガネをクイと一度上げてから、品定めをするかのように顔を覗き込んだ。
「なかなかにイケそうですなー」
「っちょ、聖来ちゃん、この子は?」
制服から聖来と同じ高校の子であることは山田には分かった。
「唐檜杏奈。私のクラスメート。今日泊まってもらうの」
「じゃ、僕いらないよね」
「えー、女子二人でストーカーに立ち向かって言うんですか?」
すねる聖来。
「これはそうさなー、一見すると受けだが、一転した強気攻めという手もありか」
などと顎に手を当てて何やらブツブツ言っている唐檜杏奈に、「何この子?」的な指を差す。
「だからね、山田さん。よろしく」
もうこうなっては受け入れるしかなかった。
仕切り直しでお茶が登場する。唐檜杏奈は聖来の横に座り、二対一で山田と向かい合っている。
「てか、僕が入って来たからしばらく経つけど、この子……唐檜さんはどこにいたの? 夕飯僕ら食べちゃったけど」
「私なら、趣味に没頭しておりました。食事ならすでに聖来からの差し入れ有り。そして、一息ついたところで、リビングを覗いておりましたー」
山田は聖来の答弁を待っていたのだが、唐檜杏奈自身が答えてしまった。「いや、それなら降りてきて一緒に食べればよかったんじゃないかな」とは思うものの、横に置いておいた。
「趣味って?」
「漫画ですよ。描いてたんです。今度イベントに参加するんで」
「すごいね。漫画描いてるんだ。僕はあまり読まないんだけど」
「読んでみます?」
と言って、唐檜は一旦リビングを出て行った。
「あの子、変わってるね」
「そうですね、愉快ですよ。それに変わってるのは山田さんも同じでしょ」
二の句が出てこない。
「おまたー」
リビングに再登場して、唐檜杏奈は指定席に着いてから、漫画の原稿だと言うものを山田に披露した。
「……」
山田の口からは、二の句も出てこなかった。登場人物の男子達が、その親密度を肉体的な接触によって表現していた。
「僕は、この手の漫画は初めてなんだけど……」
「そうなんですねー。じゃ新ジャンル開拓ってことで」
山田は、聖来が唐檜をして愉快な子と言ったのがなんとなく分かった。屈託がない。
「唐檜さん、僕も応援するよ。君が漫画を描き続けるのを」
「はい? なんでそんな話になってるんです? ま、いいや。じゃ、私は続き描きに別室へ戻りまーす」
リビングは二人きりに戻った。
「じゃ、僕も……」
「え? 帰っちゃんですか?」
山田の切り出しに、聖来は戸惑う。
「いいや、今晩はいるよ。ストーカー捕まえられれば、いいけどね」
「山田さん」
ぱあっと聖来の顔つきが明るくなる。
「お茶飲みます?」
「いただくよ」
聖来はキッチンへ入った。それはもう隠れている様子ではなかった。