聖来が押しかけて来て
それからしばらくの間は、平穏な日々だった。山田にとっては街の掃除だけでなく、夜の巡回を行なっているわけだが、あれ以来聖来が根掘り葉掘りと尋ねてくるようなこともないので、職務に全うできた。一方で、何も訊いてこないというのは、それはそれで聖来が何を考えているのかを掴みづらいということでもあり、あの一件までと変わらずの交流というのが、山田にとってはどこかむず痒いような感じがするのだった。
そんな日が続いた、五月がもう終わる日のことである。
「山田さん、相談があります。今すぐ家に来てください」
唐突に聖来からの電話があった。すでに夕方という時間が終わっている。山田の返答を待たずして電話が切れたということは、山田が行かないという訳にはいかず、例のスーツ姿で聖来の家に向かった。
到着すると、至極ご機嫌な様子の聖来に促されて屋内に導かれた。通されたリビング。何度か来たことはあるので、その清潔さには来るたびに感心させられる。自分もこういう仕事せねばならんのだと痛感するからである。リビングチェアに坐らされ、ダイニングキッチンへ姿を隠す聖来の後ろ姿にどことなく嫌な予感を持っていた。
「聖来ちゃん、今日はどうしたの?」
「う~ん?」
と生返事しながら、紅茶が出された。いただくしかあるまい。フレーバーに包まれながら紅茶に口をつける。視線だけは聖来に向いてしまう。その彼女はニコニコと笑顔のままである。
「山田さん、ご飯食べた?」
「いや、まだだけど」
「そう」
言って再びキッチンに隠れる。残されたリビングで紅茶を啜りながら、「一体なんだ? これ」と読めない展開を読まなければならない状況に山田は置かれていることに気付いた。
「おまたせ。どうぞ。召し上がれ」
ほどなくしてテーブルの上には煮魚をメインにしたザ・和食が置かれた。二人分。
「あの、聖来ちゃん?」
「山田さん、お腹空いてないの?」
「いや、空いてるけど、これは?」
「鰈の煮付け。嫌い?」
「いや、嫌いじゃないけど」
「じゃ食べようよ。はい、いただきます」
「いただきます」
そうして開始された夕食。その間はたわいのない話が続いた。聖来が学校での出来事を一方的に話していると感じだった。山田はこれも情報収集だと思い直し、聞いていた。
夕食終了。空いた皿たちを片付けたかと思えば、今度は
「食後ですから」
番茶と一口サイズに切ったリンゴを入れたガラスの小皿が登場した。
「いや、だから聖来ちゃん?」
「嫌いでした? リンゴ。やっぱり桃の方が良かったですか?」
「リンゴは嫌いじゃないけど」
「だったら、どうぞ」
「いただきます」
事情がつかめぬまま、リンゴにフォークを刺した。間もなく完食。
「山田さん、スウィーツはいける口ですか。それともしょっぱけいの煎餅の方がいいですか」
キッチンへ立とうとする彼女を
「聖来ちゃん。分かったから。話し聞くから座って」
はちきれんばかりの腹をさすりながら止めた。静かに座り直す聖来。咳払いを一つ。
「で、どうしたの?」
と山田からの催促が出たのを待って、
「山田さん!」
目がウルウルとしていた。
「ちょっ、聖来ちゃん。落ち着いて。ってそう言えばおじさんとかおばさんとかいないけど、どうしたの?」
「お父さんとお母さんは結婚記念日に合わせて旅行に行ってます」
しょんぼりとして答える。
「寂しい訳じゃないんです」
しょんぼりから一転の強い口調だったのだが、
「ただ……」
言い淀みが聖来の気弱さを表していた。
「何かあったんだね?」
山田の包み込むような口調が聖来を落ち着かせた。
「ストーカーがいるんです」