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山田さんの新人研修  作者: 金子よしふみ
第二章 境界から
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事情説明

 クリーニング店の社長に午後から時間をもらい、山田は電車に乗り込んだ。到着したのは地方都市というイメージ通りのN県大梛市。新幹線の発着するほどである。現在の山田の住まいから四駅で着く。

 駅から歩いて約五分の所にあるビル。エレベータを使って上がっていく。

 エレベータが到着のシグナルを鳴らす。山田には無機的に乾燥した音のように聞こえた。ドアが開くと、山田はため息を一つついた。ドアの体面にある入口。そのすりガラスには高樅商会の文字の入ったプレートがあった。

 ノックを二つして、内部からの返答を待ち入室。

「あの、高樅さん。山田ですけど」

「ああ、こっちだ」

 清掃が行き届いたテナントはパテーションで区切られている。その奥に入っていく。重厚感漂うデスク。そこには威厳ありげに座る人物が。

「ま、そこに坐れ」

 来客用の黒皮のソファ。

「はい」

 しかしソファの前に立ちはするが、座ろうとしない。高樅と呼ばれた男性は書類をデスクに仕舞うと、自身が先にそのソファに腰を下ろした。オールバックとフレームなしのメガネと、ワイシャツに黒いベストを着ている。

「座れ」

 先輩に促され、ようやく山田も腰を下ろした。報告開始。

「で、どんな報告をしてくれるんだ、幸喜」

「えっとですね、黒獏が現れまして」

「ああ」

「取り逃がしまして」

「そうか、他には」

「桜が青くなりまして」

「それで」

「獏がどこかに行った後、施術をして元に戻しておきました」

「当然だな」

「はい」

 沈黙。

「で、それだけか?」

 眼鏡の奥が光った。

「人間に見られまして」

「ほう」

「そして、事情を話しまして」

「ほう」

「そして、僕以外にも人間界に来ているというのもばれまして」

「ほう」

「あのっ!」

「なんだ?」

「高樅さん、そろそろ怒ってくださいよ」

「なんだ、怒って欲しいのか?」

「いえ、欲しくはないですけど。今の方が怖い……あ」

「ようやく分かったか。あのな、幸喜……」

 というタイミングで従業員の一人がコーヒーを持って来た。退室するまで無言な二人。

「何も無言てことはないだろ。彼女も我々と同郷の者だ」

「そうですけど。なんとなく」

 ブラックコーヒーに口をつける高樅。

「誰なんだ、そのバレちまったて人間は」

「お世話になっている近所の人です」

「ああ、分かった。松林とかだったか」

「はい」

 高樅は山田と話をしながら、スマホほどの大きさの四角形を宙に現し、そこを読んでいる。山田が作った円陣の別ヴァージョンといったところだ。まるで画面上はデータベース化された個人情報が見える。山田の世話人として、彼の周りの人間関係の情報収集はすでに行われていたということである。

「で、どこまで話した?」

「獏絡みの話だけです」

「だーかーらッ! そのどこまでだって訊いてんだ」

 ソファに座っているとはいえ、身を乗り出すと威圧感が半端ない。

「黒獏が良い夢を食べてしまうから、そうさせないようにしながら、人間を守っているんですぐらいです」

 ソファの背に身をねじり込ませるかのように縮こまりながらの返答。

「なら、いいか」

 渋々と言った感じで高樅は頭に手を当てる。

「その人間なら他言しないだろうし、お前の話は抽象的すぎて何か分からん。その上、我々と言っても正体が明らかになったわけでもないだろう」

「はい、人間ではないくらいで」

「ま、それもアウトっちゃアウトなんだがな。それは置いとくか、でどうよ?」

「何がです?」

「こっちの生活だよ」

「仕事が……ありません」

 クリーニングの仕事を紹介し斡旋したのは他でもない高樅だった。

「その代わりに公園や駅の掃除やら、学校の池の掃除とかやらされてます」

「そうか、そうか」

 いきなり高樅が笑い出した。愉快そうなそれを見て、

「高樅さん、どうしたんです?」

「良いよ、それ。どんどんやっときな」

「いや、でもハウスクリーニングの仕事が……」

「柔の割に頭堅いな、お前。いいか、そうやって公園やら駅やら学校に行ってるっていうこと、掃除をしているっていうことの意味を考えてみろ、我々の任務も含めて」

 そう言われて思案気に上目づかいでしばし考えてみる。

「あ」

 閃いたようである。

「街の様子の情報収集や浄化」

 パチン。高樅は指を鳴らした。

「ザッツ・ライト。ちょうどいいじゃないか。きちんと励めよ」

 話が終わったようで、高樅はソファから立ち上がり、自分のデスクに戻る。

「じゃ、行きます」

 起立し、退路を進む山田に、

「で、幸喜。今の時間は仕事じゃないのか?」

「はい。時間もらってきました」

「アホか! んなことしてたら元も子もないだろ! とっとと戻ってどっかの掃除でもしてろ!」

「はい!」

 一礼し一目散に部屋から出て行った。

「まったく。変わらんな。あいつは。さて、幸喜、その街でお前は何をする?」

 独り言が終わると、高樅は書類の海に目を沈めて行った。


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