正体がばれる
「なんです? その詩」
「さっき話しに出た、僕らには上司みたいな人のオフィスに掲げてあるんだ。行く度に見てたら、覚えちゃったみたい」
「へえ。てか山田さん。私一つ、山田さんに確認したいことがあるんですけど」
「何かな? 一連のことがあるから、ある程度までのことなら言えるよ」
「山田さんの正体って、サンタですか?」
「!」
「サンタですよね?」
「……」
矢継ぎ早な確信たっぷりな追求に、山田はひるみっぱなしである。
「や~ま~だ~さ~ん」
このモードに突入した聖来には歯向えない。ので、
「そうです……でも、なんで分かったの?」
正体をゲロるしかなかったのだ。
「いや、だって戸内がトナカイだったし」
「ああ、あいつのせいね」
「安直すぎますよ。サンタだから山田だなて。日本語なめてます?」
「いや、なめてないけど」
ネタバレは明瞭明解な所にあったわけだ。
「でも、サンタの正体って、いろんな説がありますよね。ドイツのクリスト・キントは乙女や天使の姿だし、イギリスでは農耕神サトゥスヌスとゲルマン神話のオーディンが融合した姿で伝承されているし、ユール・ニッセ デンマークとノルウェーのユール・ニッセは農家の守り神とされていますよね。アイスランドのユール・スヴェンなんて悪鬼ですからね。他にはロシアでは……」
「聖来ちゃん、詳しいね。サンタについて」
山田の言葉にハッとして、聖来は背筋を伸ばした。そしてその話題を逸らすかのようにして、
「サンタが街にやって来た。みんな知ったらどんな顔するんですかね?」
わざとツンとした口調で言った。
「ちょっと、こないだは黙っていてくれるって」
さっきの攻勢はあっという間に逆転され、花咲里親子でさえ黙っていてくれる雰囲気だったにもかかわらず、ここに来ての発言に、山田は徳俵に足がかかるかのように慌てふためく。
「冗談です。言いませんよ。それに言ったとしても、山田さんみたいな人、誰もサンタだなんて思いませんよ。笑って冗談と思われるだけです」
「確かに、そう思われるだろうから、うれしいやら悲しいやら。やっぱ威厳ないよな」
聖来はそんな山田を見て、愉快そうに笑った。山田も自覚しているようだった。
「当たり前じゃないですか? 新人なんでしょ? サンタにもそういう研修があるんですね」
「そう。夢の木の話の続きになるんだけど、以前だったらサンタは境界で研修をして、ある時期に人間界に来て、夢の力を振りまくだけで良かった。その一つが子供たちにおもちゃを配ることでもあり、雪を降らすことでもあったんだ。そして、人間界に来たその時に街にある夢の木の調整をする。それだけで良かったんだ。
でも、人間の世界がかなり様変わりしてね。夢の木の数が減ったし、その力が不安定になってしまった。実は夢の木のエネルギーというのは、境界の存続にもかかわるものなんだ。だから、サンタを志す者は、境界でではなく、人間界で研修をしながら、夢の木を見守り、街を浄化し、その街の住人が夢に関する問題が生じないように、あるいは生じたら迅速に対応できるように、そこに暮らすようになったんだ。人間の世界をよく知るようにってね」
人間の世界と山田のいた世界である境界とは、相補的、補完的関係なのだ。山田の世界からは人間の世界のことは分かる。が、人間の世界の住人は山田の世界のことを知らない。
ある文化Aがあって、AはBという別の文化のことをよく知っている。なぜかと言えば、知る技術もテクノロジーもある。さらにそれらをデータ化してしまえば、Bの文化はAの人々の十全に知るところとなる。
が、文化BはAのことを知らない。同じ世界にあるのに、BにはAを知る方法もテクノロジーもないから。ましてやデータもない。
だけれども、Bの人達は、Aのような文化があったらなと想像することができる。
「おとぎ話とかがね、そういう、その象徴っていうかな。それと同じようなものだよ」
たとえ話を間に挟んで、聖来に詳しく語る。
「なるほど。すっきりしました。前、青い桜の後に話聞いた時に、同も釈然としなかったんですけど、ようやく納得できました」
「そう。僕もあの話はかなりオブラートに包みながらだったから話づらくてね」
「じゃあ、山田さんは研修が終わったら……」
「この街を出て行くよ。そして立派なサンタとなって世界を飛び回るんだ」
「そう……なんです……よね」
分かっていることを、自分の脳内で理解しているだけのことを、他人から明言されるととたんにそれが現実味を増す。山田はいつかいなくなる。つい三月までは山田がいないのが、聖来の日常であった。だが、今は山田がいること、いやそれだけではない。唐檜はもとより、戸内もいるし、この一件によって反町や花咲里とも交友ができ、それが聖来の日常となっていた。その中で山田がいなくなり、ということは戸内もいなくなる。もしかしたら、それは明日かも、いやもう次の瞬間にはそうなのかもしれない。いや、そもそも今こうしていることさえも、夢の中なのかもしれない。白獏も黒獏も現実にはおらず、夢だから見られたファンタジーだったのかもしれない。そんなことを聖来は一瞬の間に思い、想像し、そして胸がキリと痛んだ。
「でも、まだまだ先だよ。白いのに言われた通り半人前だし。何より今回の件で、夏なのに雪降らせちゃったから。前代未聞なことしちゃったみたい・・・・・」
だから、そんな山田の言葉が、あの格闘モードの時のようなたくましい山田ではないとしても、聖来の胸を撫で下ろさせるには十分であった。精一杯の強がりを笑顔に込める。
「そうですよね、山田さんが今すぐ立派なサンタになれるわけないですね」
「それはそれでへこむね」
山田の反応は、作った表情を本当の微笑みに変えた。それほどに山田幸喜は人間味溢れているように聖来には見えた。しょぼくれて沈んだ肩にフォローしなければならない。
「いやほら、もっと人間の世界のこと勉強することがあるっていう意味で」
「そう。そうなんだ。僕の家系はね、父親もじいちゃんも兄さんも叔父さん達も、皆サンタになったんだよ。だから、僕もサンタになるのが当たり前っていうか、そうしないといけないのかなって思っててさ。僕自身の夢って言うか、なんでサンタになろうとしたのかとかね、考えたこともなかったんだよ。実は。でも今は言える。皆の夢を守るサンタになりたいんだ」
「山田さん」
いつもと同じように、頼りなさ気に、それでいてほんわかとした表情でそう言い切った山田に、聖来も笑みで返す。
「うん。でね、聖来ちゃんの夢、守りたいんだ。だから。教えてくれないかな。聖来ちゃんの夢」
これまで、山田からこんな訊き方をすることはなかった。しかも、それが自分の夢となれば、なかなかに明言するのも、なんとなくこっ恥ずかしく感じる。
「う~ん、どうしよっかな。言っても山田さんだからな。守ってくれるどころか、冒険活劇に突入したりとか」
一連の件を踏まえて皮肉っぽく返すことで、誤魔化そうとする。それは山田だから通じることであった。けれど、
「そんなことないよ、僕だってサンタの端くれなんだから」
今回に限って山田は食い下がって来た。それでも一枚上手な聖来は、
「でもやっぱり今は秘密。いつか話してあげますよ。それにまずは私が山田さんの夢、守ってあげますよ」
聖来はさっさとネクターを飲み干し、立ち上がった。
「ちょっと。僕のことじゃなくてさ」
山田も慌てて残りを喉に通した。
「ほら行きますよ」
ゴミ箱に空いた缶を投げ入れ、軽やかな足取りで公園を出て行った。上空からは白獏が横になって肩肘を付いた姿勢で二人を眺めていた。




