もうすぐ学校
学校が近づくにつれ、聖来にはどうしても気になることがあった。あの木のことである。わずかばかりに鼓動が速くなるのは、また青い花びらが咲いていたらどうしようというものであった。
が、それは山田がどうにかしたはずであり、翻って一晩経ち、本当にあれが本当に起こった出来事なのかも疑ってしまいかねないような心持がまったくない訳ではなかった。
だから、今朝出かける時に山田にカマをかけて、その確かめをしたかったからでもあった。山田の挙動から察するに、昨晩の出来事はそれこそ夢ではないと思うに至った。
校門を経て、一歩ずつ、あの木に近づいてみる。普段は気にも留めない心の波が聖来の中にあった。が、それらを打ち消すように、あるいはさらなる波を起こさせるものを聖来は見た。青い桜ではなかった。その桜の木をクラスメートが傍らで眺めていたからである。
「杏奈、どうしたの?」
聖来の声に唐檜杏奈は我に返ったようであった。アンダーフレームのメガネの奥の瞳が柔和に聖来を見つめていた。
「おはよう、聖来」
そう言って杏奈は花のない枝を仰ぎ見直した。
「なんかねー、昨日変な夢見てさ。勉強中にうたた寝しちゃって」
杏奈はそう言った。
「変な夢?」
「いや、言うとね、あんま、てか覚えてないんだけど、変な夢を見たってことだけは分かってんだわ」
「何それ」
「だよねー。でもね、今日は気分が妙に明るくなって、親と久しぶりに話をした」
「久しぶりって」
「柄にもなく、反抗期だったのかな。違うな。自分が漫画描いてていいのか、分かんなくなって、それのやつあたりだったのかな」
唐檜杏奈。漫画を見るのも描くのも大好きな、聖来の友人。口を開けば漫画のことが大半なくらいなのに、その友人が自分の趣味で悩んでいたことに聖来は気づかなかった。
「杏奈、ごめん。そんなに悩んでいたの、気づいてあげられなくて」
「いやー、いいって。悩んでたってか、モヤモヤしてたって方かなー。だから、本格的に悩みになったら言うと思うよ」
「そ。で、すっきりした結果は?」
「漫画を描くに決まってるさー」
「だろうね。で、内容は」
聖来は恐る恐る訊く。なぜなら、杏奈が描くのは
「もちBLです」
「やっぱり」
唐檜杏奈、現在の主食は男性同士の組んずほぐれつな内容の漫画であった。
「何さーその反応。私はそれだけじゃないからね。シリアスもファンタジーも描くけど、今のところはBLになっているだけだから」
「分かったから、朝からそんなでかい声でBLとか言ってないでよ」
桜から校内へ向かう。その最中、
「展開はまだ考え中なんだけどさ、次の漫画のタイトルはもう決まっているんだ」
そんな風に杏奈が言ってきた。メガネが光った。
「ふーん、何?」
そこまで言われれば、聖来も気になるというものだ。だから問うた。
「それはね、『青い桜』だよ」
勿体ぶりもせずに杏奈が一言答えた。そのフレーズを聞いて、聖来は目を見開いた。偶然かはたまた……けれども、聖来にそれ以上の詮索をすることは出来なかった。山田からの話しではそれ以上の推論も立ちようがなかった。だから、
「じゃ、完成させなきゃね」
と笑みを交えて声援を送った。
「もちろーん」
下駄箱を経て、二人の女子高生は教室へ向かった。