いつもの山田
翌朝。
山田が眠そうにアパートの鍵をかけた。そして階段を降り、いつも通りの道程を歩む。
「山田さん、おはようございます」
聖来の家の前を回避しようとして、それができなくなる声がかかった。
「やあ、聖来ちゃん、おはよう。あ、おはようございます」
見れば、聖来の父親も出勤に向かうのか出てきていた。
「山田さん、一か月ほど経ちましたけど、もう仕事慣れましたか?」
妙に意味深なものの言いように山田に聞こえたのは、昨日の今日だからであった。
「ああ、まあね。いや、まだ不慣れかな……」
「山田君、これからこれから。じゃ」
ぎこちなさそうに答える山田に、溌剌として聖来の父親は肩を叩いてから行ってしまった。
「山田さん、寝癖」
聖来から手鏡を渡されて覗いてみると、確かに右の後頭部にはねた髪が。
「ま、いいや。間に合わないから。会社着いてから直すよ。ありがとう。じゃ、聖来ちゃんも気を付けて」
聖来はそう言って歩き出す山田を見た。服装に頓着がないのは昨日と、いや一昨日と同じスーツで、いや半月前から同じスーツとビジネス用シューズであることからも分かる。
寝癖はしょっちゅう。昨晩と違う所を探す。ネクタイをしている。ワイシャツの第一ボタンはちゃんと止まっている。ショルダーバッグを交差して肩から下げている。それらが違い、それらは聖来が知っていた山田の姿だった。照れ笑いやらをする、なよッとした感じが、あの眼光鋭く、背筋が伸び、ネクタイがなく、ワイシャツの第一ボタンを外した山田からは消えていた。
だからつくづく思わされるのだ。人は一様ではないと。
――私は……ま、魔法は使えないしね
そう思って、聖来は通学の歩を出したのだった。