黒獏再襲
風が木々を揺らす。その葉擦れが闇夜の不気味さのBGMになる。
山田と戸内はジッと時を待っていた。
すると、カツカツカツと石段を駆け上がって来る音が聞こえた。
「どうする? 今人が来たらまずいぞ」
「大丈夫、その時は私が用意した物で帰そう」
と言って、戸内はいつの間に準備したのかスポーツバッグを山田に見せびらかした。
「来た」
石段の最上段、鳥居の下でその足音の主は両膝に手を置き、肩で息をしていた。その身を起こして辺りを見渡す。
「あれ? いない。早かったかな。いや、下で待ってた方が良かったかな」
「聖来ちゃん」
月明かりが照らすその姿と、その声に思わず山田が立ち上がった。
「馬鹿者」
戸内は頭を抱えている。潜めていた身体を参道に現す。
「山田さん? やっぱりこっちにいたんですか」
聖来も歩き、山田と近づく。
途端に風が吹いた。しかし、それが普通の風でないことはすぐに分かった。横からとかしたからではなく、唐突に上空から吹き付けて来たのである。参道の脇に飾られた絵馬が激しく音を立てながら、揺れている。自然見上げる。そこにいた。黒獏だ。
黒獏は首を一回りさせると、猛然と下降してきた。聖来目がけて一直線だ。
「危ない!」
山田が聖来の身体を抱え、地に転がった。黒獏は旋回していく。そのまま拝殿まで進み急上昇。が、そこにあった注連縄が鋭利な刃物で切られてかのように真っ二つになった。
「それが狙いか」
戸内も姿を現す。そこへ黒獏がつっこんで来る。身を翻しかわす。が、
「今度はそちらか」
戸内が追う獏の先にはご神木がある。
「幸喜!」
地に伏せたまま山田が円陣をかざし、獏の進路を妨げる所にそれを放つ。が、それをものともせず、ぶち破って獏は行く。その様子を山田も戸内も驚きの様子で見た。揺れる絵馬から文字や絵が浮かび出て、黒獏に吸収されてしまっていた。
「幸喜、絵馬の力を吸って大分パワーアップしている。できるか?」
「やるしかねだろ」
山田戦闘モードである。ネクタイをほどき、ワイシャツの第一ボタンを開ける。目つきが変わり、その取り巻いている雰囲気もどこか殺伐としたものになる。
「山田さん」
「大丈夫。聖来ちゃんはあいつといて」
戸内を指さす。そう言いきってしまう口調に、いつもの頼りなさ気な山田のトーンは消えていた。
戸内が聖来を背中に隠したまま参道から、二人が身を潜めていた木陰に入る。
それを見届けて、山田は内ポケットから白の袋を取り出す。
「さあ、始めようぜ」
上空に浮遊する獏が山田を見下ろしている。その顔を上下に振った。けたたましい音とともに閃光が落ちる。
「何? 雷撃なんて使えるのか?」
振り向いてみれば、木が一本炭になっていた。山田の驚愕が深くなる。
「幸喜、まだ使いなれていないようだ。ご神木に落とそうとしていたらしいがコントロールができていないらしい」
戸内の解説は言われてみればそうだった。
もう一度黒獏が首を振った。
「そっちか」
山田は袋の口を開けながら、跳躍一線。さっきよりも小さな閃光が袋の中に納められていった。
「すごい……」
その様子を目の当たりにして聖来の口はポカンと開く。
「てか、あんたは何かしないの?」
「適材適所というものがある」
「この軟弱者」
「その言葉、なんだか妙に心地いいな」
「気持ち悪いこと言ってないで、あんたの役割ってのをしなさいよ」
「ならば」
戸内はそう言って、スポーツバッグのジッパーを開けたかと思うと、立ち上がり、肩幅に足を開く。すると。
「蒸着」
いきなり身体を躍らせた。聖来もアニメや特撮を見たことがあるからそれが何かの変身をする時のポーズらしいということは分かった。が、戸内は変身しない。
おもむろに屈むとスポーツバッグの中から何やら引っ張り出すと、服の上からそれを着始めた。
「すまないが、背中のチャックを上げてくれ」
聖来はしぶしぶとあきれとを混ぜながら、戸内の言う通りにした。
戸内はさらにバッグの中から頭がすっぽり入るヘルメットを取り出して被った。
「よく入りましたね」
などという聖来の皮肉を無視して、完成のポージング。全身銀色のメタルに光るスーツだ。
「ふざけてないで、活躍してください」
現れた変身ヒーローに
「随分な口のきき方だな」
「いいから、止めてください!」
その背中を押した。
上空ではまたしても黒いバクが首を振る動作に入っていた。雷撃が始まる。
「ならば、これでどうだ!」
メタルスーツの戸内がどっかから取り出したライトセーバーを掲げた。
雷撃が放たれる。それを山田が袋に納めようと口を開ける。が、その閃光は山田の方へは向わなかった。ライトセーバーに引き寄せられるように落ちて来て、消えてしまった。
「避雷針……ていうのか、それ?」
救助部隊が装っている衣装に、山田はあきれている。
「いいから、幸喜。早くしろ」
「言われんでも」
跳躍して黒獏に向かう。左手で円陣を浮かべ、それを黒獏に投げた。雷撃の動作で後れを取ったため、黒獏は円陣に捕捉されてしまった。身悶える黒獏。そこに山田が袋を大きくさせながら
「もらった!」
と一気に距離を詰める。
が、黒獏の動きが止まった。いや、止めたように聖来にも戸内にも見えた。黒獏はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「幸喜、下がれ」
遅かった。黒獏はものの見事に円陣を粉みじんにすると、勢いを止めることのできない山田に突進した。
「山田さん!」
「幸喜!」
彼を呼ぶ声が響く。山田は力なく落ち、地面に叩きつけられた。
「山田さん」
「幸喜」
二人が山田に駆け寄ろうとする。
「そ……そこに……いろ」
力を振り絞り、ワナワナと足を震わせながら、山田が立ち上がろうとしていた。
そこへ黒獏が急降下してきた。
「山田さん、逃げて!」
聖来の悲鳴にも似た懇願であった。
その傍らで
「電子聖獣!」
と戸内が叫んでいた。
すると、月の陰になっていたものが急速に近づいて来た。
「何遊んでんですか! こんな時に」
「いいからあれを見ろ」
ヒーローの胸倉を掴んで逆鱗している聖来は、空を見た。