戸内の店にて
白獏に言われたから、という訳でもないのだが、山田はそれまで以上に気を付けて街を見るようになった。相変わらずの仕事の少なさだったが、それでもハウスクリーニングをする際、その家の様子や周辺に異変がないか、あるいは駅・公園などの清掃、小中高校の周りなども見落としの無いように心がけた。
「で、なぜ聖来さんがいる?」
ある日、山田は戸内に呼び出され、彼の店まで赴いた。その傍らには聖来もいて、だからのセリフだった。
「いや、出かける所を見つかっちゃって」
「見つかっちゃってって。人間に聞かせるつもりか?」
「やっぱり、そう言う話しなんですね」
二人の小声に聖来は割って入る。
「まあ、いい。かけてくれたまえ」
小ぢんまりした待合室には、たくさんの占いの本が並び、パワーストーンが至る所に配置されていた。戸内に占ってもらうスペースは、今二人がいる部屋の隣にあった。
木調の質の良さそうなテーブルとイスがあり、そこに腰かける。
「戸内、お茶なら私が淹れるけど」
「いや、君は客だ。気持ちだけで感謝しておこう」
聖来の率先だったが、家主としてのサービスだろうか、戸内がハーブティを用意した。
「ローズヒップティだ。女子ならこういうのがいいと思ってな」
「あんた、思考が変な割にこういう気の使い方出来るのね」
出されたティカップに両手を添えてその香りまでいただいた聖来は、美味と言わんばかりに一つ頷いた。
「聖来さんや、君はすごくえぐって来るね」
表情変えずに戸内も啜る。
「んで、何の用だよ」
「そのことなんだが」
と言って、戸内はこんな話しをした。
最近、寺社が荒らされているらしい。占いの客達が言っているのを小耳に挟み、実際に街の寺社に行ってみた。木の枝が故意に折られたり、幹に傷がついていたり。
「街の掃除している時に、神社とかお寺にも行って手伝いしているけどな。そんな話し、聞かなかったぞ」
「幸喜が行った後なのかもしれない。無人の神社やお堂も合わせれば結構な数になる。それらを毎日隈なく歩くことは出来ないからな」
「で、それがどうした? 言いにくいけど、木の枝を折る人くらいいるだろ」
「それはそうだ。けれどもな、もう一つ気になることがある。それはな、絵馬の字が消えているんだ」
「絵馬の字が消えている?」
「ああ、そういうことも……」
「それって雨とかでインクが流れたんじゃないの?」
話しを聞いていた聖来が、戸内の話しの途中で自然現象説を提示した。けれども、戸内は首を横に振った。
「雨に流れてしまうようなマジックで書くと思うか? 中にはそういうことも、あるかもしれないが、ほとんどは油性マジックで書く。雨で消えてしまったら祈願も何もなくなるからな」
「そう言われてみれば」
聖来も納得しなければならない。
「それにあれ以来、黒獏が動いていない」
確かに山田は青い桜のように変化した樹木草花がないか、街を見て回ったが何もなかった。しかも、反町の時のように強襲してくるということもない。
「黒獏は何か狙っているということか?」
「そう考えるのが妥当だな」
二人の神妙な様子に、聖来は素朴な質問をした。
「でも、なんで寺社の木が傷つけられたり、絵馬の文字が消えたりするのが黒獏と関係出て来るんです?」
「寺社は聖地でしょ? そこにある植物達が場を浄化してくれるわけ。もちろん掃除するものもそうだけど。その植物、特に木が意図的に傷つけられるということは、その浄化する力が弱くなるってこと。それが渦巻いてしまって淀みって言うかな、そういうのって妖怪とか出やすい。とかって人間達も言ってなかった?」
「そう言えば、マイナスなことを考えていると、よくない霊が集まって来るとか。そう言うことですか」
山田は頷く。
「それにね。寺社っていろいろな祈願をするでしょ。絵馬に書くのは人の願い。しかも、それは一途で、ピュアなものが多い。それは黒獏の大好物。だから、その文字が消えているということは、獏がその願い、ひいては夢を食っているからとも考えられる」
「うーん、そうか」
聖来は腕を組んで何か案じている。
「それにだ」
戸内が壁にかかっているカレンダーを指さした。
「明後日は何日だ?」
「「三十日」」
山田と聖来が同時に答える。そこではたと気づいたのは山田であり、合点がいってない聖来はしきりに説明を求める。
「六月三十日は神社で半年間のお祓いをするんだよ。神社の神事で人も集まる」
「てことは、厄払いとかお浄めとか」
「そう。黒獏はそうさせないために、あらかじめ力を蓄えていた、なんてことが導けるね」
戸内は二人の推論に首肯した。
「というわけで、聖来さん。ここからは私と幸喜の範疇だ。君は関与しないように」
「えーなんでです? ここまで聞かせておいて」
「それは君が来たからであって、人間が及ぶところではないから」
「えー、でも山田さん、これまでも散々黒獏に逃げられてますよ」
「それは幸喜が半人前だからで……」
「それなら協力してもいいじゃないですか」
痛い所を突かれて心理的ダメージを負いながらも山田は説得を試みる。
「聖来ちゃん、ほら期末テスト始まるでしょ。勉強しないと」
「してます。一日二日で成績下がるような勉強はしてませんよ。その証拠に最近は山田さんに教えてもらってないでしょ?」
聖来の駄々のこね方に、二人中一人がホトホト困りかけていると、
「ちーす。予約なしで飛び込みでーす」
「ども」
と勢いのある挨拶とともに、唐檜と反町が店に入って来た。
「あ、聖来と山田さんもいる」
「ども」
頭を抱える山田と、驚きの聖来と、そして表情を変えずにローズヒップティを啜る戸内。
「何話してんのー? もしかして聖来と山田さんの将来とか?」
垢抜けた様子でルンルンに唐檜が話しかける。
「ちょ、な、何わけわかんないこと言ってんのよ!」
顔が真っ赤になりながら否定する聖来に、
「何々ー? その顔が真っ赤になっちゃったのは、ローズヒップティ飲んだからかなー?」
唐檜のおちょくりが止まることはなかっただが、
「ア~ン~ナ~」
スクッとイスを立ち上がった聖来の逆上オーラに、
「冗談、冗談。ほら、座って。まだ残ってるよ、ローズヒップティ」
杏奈はさすがにやりすぎたかと動揺を隠せていない。
「それなら、みんな揃って何話してたんスか?」
様子を見ていた反町が、そもそもな点をついてきた。
「ボランティアの話しだよ」
いつの間にか新たに人数分のカップを用意した戸内が答えた。
「カモミールティです」
唐檜と反町は壁際に置かれていたソファに座った。
「いただきまーす。うーん、優雅なひと時」
と唐檜が言えば、
「苦。これ何? 薄い緑茶みたいな色して?」
とカモミールティ初体験の反町が眉間にしわを寄せながら、カップに口を付けていた。
「六月三〇日は半年祓いと言って、神社で厄払いをするんだ。だから、ボランティアとして掃除くらいをしようかと。私の発案でね。それに最近、神社やお寺で木を傷つけたりする不審者もいるらしいから、それを見つけて注意しようかと。それで二人に協力してもらえないか依頼していたところなんだよ」
かいつまみながらも、話題を上手いことずらそうとしている戸内だったが、
「おい、それだと聖来ちゃん巻きこんじまうだろ」
山田が小声で反論する。が、それを目で答える。「無論承知だ」と。
「ふーん。私も手伝ってもいいですよ」
「あ、俺も手伝いますよ。先生に世話んなったし。山田さんには他人な気がしないし」
唐檜も反町も協力を買って出る。「ほらみろ、どうすんだよ」と言わんばかりの山田の視線を無視するかのように、
「そうか。それはありがたい。けれど、それは明日二九日の夜にしようと思っているんだ。日程的に時間を割けるのがそれくらいだからね。君達テストがあるのだろ?」
戸内が勝手に話しを進める。
「大丈夫ですよ。もう問題集解き終わってるし」
「俺もいいっスよ。息抜きがてらに」
拒否の姿勢は二人にはない。
「そうか。協力感謝します。では明日午後六時にここに集合ということで」
唐檜と反町は心得たという表情を浮かべ、カモミールティを飲み干し、店を出て行った。
「おい、どうすんだよ」
戸内の無茶ぶりには何か意図があるとは分かっていても
「人間を巻き込むのは感心しないぞ」
「むしろ逆だ。隠そうとするから怪しまれる。それなららしいことを作ってしまえばいい。実際間違っていないだろ」
「そうだけどさ」
「あの時間に獏は現れない。それに神社の掃除をし、軽く見回りをして誰もいませんでした、という結果になればそれはそれで示しがつく」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ。それでいいかな? 聖来さん」
「杏奈達をだましているみたいで釈然としませんけど、獏に襲われたりってのは、そっちの方が嫌ですから。いいですよ」
「それなら決定だ。今日は解散」
聖来は冷えてしまったカモミールティを飲み干した。それは随分と苦い感じがした。