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山田さんの新人研修  作者: 金子よしふみ
第三章 夢の続き

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回復

 午後からの種目で、反町太助が活躍したのは言うに及ばずで、その様子は獅子奮迅・捲土重来と形容するのが、まさにふさわしいほどだった。それが彼本来の活発さであり、クラスメート達は彼の復活を心から喜んでいた。体育祭が終了し、テントの片づけを山田が戸内と共にしていると、反町の母が挨拶に来た。

「先生がいらしていたと聞いたもので」

「友人の手伝いで」

「そうなんですか。おかげさまで太助も元気になってきているみたいです」

「私は何も。よく眠れるようになるといいですね」

などという、専ら反町母から戸内への謝辞に終始した。反町母の姿が見えなくなってから、山田からの問いがあった。

「なあ、これって結局はお前が渡したとかいう小札が効いたことに解釈されないか?」

「だろうな」

「だろうなって……ちょい待て。お前がよろしくって言ってたのはこのことか」

「何のことだ?」

「とぼけんなよ。これで睡眠障害の少年を復活させたとかって、お前の名声もちったぁ上がるだろ。そしたら、また客が増えるじゃねえか」

「ま、いいではないか。そんなことは」

「そんなことじゃねえよ。僕は白獏に突き飛ばされたんだぞ」

「それより早く片付けなくていいのか?」

 戸内の言うことはもっともだった。テントは片づけて、トラックの荷台に乗せなければならない。そのトラックは社長が取りに行っている。

 何かやり切れない感のまま片付け作業をしていると、

「先生!」

 とハツラツな声が聞こえた。反町だった。

「ども」

 戸内とともにいた山田にも彼は挨拶をした。それは昼の時とはまるで別人にでもなったかのような爽快なものだった。

「母さん、来ませんでした?」

「ああ、来たよ」

「ったく。先生がいるって言ったら、探して挨拶するとか言っててさ、恥ずかしいっての」

「お母さん、喜んでいたぞ」

「……そう」

 頬を掻きながら別の方を見る反町に、山田は少年らしいあどけなさを見ていた。

「あ、反町がいる」

 言ってやって来たのは、聖来と唐檜であった。

「いちゃ悪いかよ」

「そんなことはどうでもいいのよ。三人かー……それは思わなかったなあ」

 唐檜が指を組んで虚空を眺めている。何やら妄想を始めたかと思いきや、

「そうそう、これ描いたんです。見てください」

 一枚のイラストを山田に渡した。

「昼ぐらいかなー、先生と山田さんの二人が歩いている所を見て、インスピレーションて言うんですか? 来ちゃったわけですよー」

 朗々と述べる横で、イラストを覗いた全員、目が点になった。

「杏奈、よくそんな時間あったわね」

「ふん、私をなめないでもらいたいわね」

 腰に手を当ててふんぞり返っているが、

「この子は病気なのか? 加速度的に前よりえげつない絵柄になっているぞ」

「こないだ占った時、夢に向かってまい進するといいとは言ったが。これほどとは」

「え? 唐檜も先生のとこに言ったんだ。てか、クラスメートの女子がこんなのを描いたってか、妄想していると思うと……何か教室、居づらいな」

 山田、戸内、反町三者三様の感想が述べられる。何と言っても、山田と戸内の密着し、肌が顕わになっている、ボカシが絶対的に必要なイラストだったからである。

「反町、何言ってんのよ。戸内先生が推奨して下さった私の未来よ。応援してくれたら、サイン位してあげるわよ」

「いや、サインはいらん。けど、お前も夢を追いかけてんだな」

「当たり前でしょ。私は漫画が大好きなんだから」

「俺もだ。好きなことはあきらめないで続けなきゃな」

 若人達の熱い話を、山田も戸内も微笑ましく聞いていた。斜陽がますますそれを熱くさせているようにも感じられるくらいに。

「あ……」

 反町が校庭に視線を送った。

「おーい、花咲里」

 グランドを物静かに歩く一人の女子に手を振った。

「花咲里さん、こっちにおいでよ。面白い話し、してるよー」

 唐檜も大きな声でその女子を呼んだ。けれども、その女子は軽くお辞儀をすると、そのまま校舎の方へ歩いて行った。

「前は、あんな奴じゃなかったのにな」

「花咲里さんのこと?」

「ああ、小学の時から一緒だったんだけど、もっと明るくかったんだけど」

「それ、最近ネクラだった野郎が言うこと?」

「お前、絵だけじゃなく言うこともきついな」

「何よー」

 と反町と唐檜が丁々発止を始めたところで、

「はいはい、教室戻るよ」

 聖来が手を叩いて仕切った。それに従って、山田と戸内に挨拶をして、回れ右をした。

 数歩進んだ所で、二人を先に行かせ、聖来が山田に顔を近づけて、

「山田さん、反町に何かしました?」

 と訊いてきた。

「何のことだい?」

 山田はその迫力にしり込みしつつも両手を振って知らぬ存ぜぬを通そうとした。

「昼まであんなに消沈していたのが、午後から前みたいになって。しかも、夢がどうとかの話しになったし」

「さあ、それは戸内が占いで、彼に渡した御札のおかげなんじゃないかな?」

 山田がそう言いながら、戸内をちらと見ると、聖来も半目で戸内を見た。反町が戸内の占いへ行ったことは会話から察することができ、聖来はこの二人がただの人間でないことはすでに知っていた。山田が見せたように、戸内が御札とやらに魔法をかけたとは、推測できないことではなかった。聖来の視線に臆することなく、戸内は答えた。

「まあ、そう言えなくもないな。私の力のおかげと」

「絶対それだけじゃないですよね、山田さん」

「なぜ、私の言うことを流す」

 しかし、すっかり話をスルーされ、戸内が不満を吐露するが、それさえも聖来は聞きはしなかった。

「ま、いいか。後でまた訊きに行きますから」

 聖来が大人しく引き下がろうとし、山田もほっと胸を撫で下ろそうとした時、

「おい新人」

 山田と戸内の後ろに音もなく白いバクが登場した。

「ぁ……」

 それを見て、聖来は声を詰まらせた。

「獏……」

 聖来にしてみれば、あの青い桜事件のことがあり、その容姿を見れば、否応なしにそれが思い出される。また襲ってくるのではないかと、また戦いの現場になるのではないかと。

「でも……白い?」

 しかし、よく見れば、夜だったとはいえ、その体色の違いは一目瞭然である。形状・体系は黒いのと全く同じだが、色が違う。

「ああ、これは白獏。あの時の獏とは違うよ。こいつが聖来ちゃんが知ってた、普通の・・・・・いや動物という意味ではなくて、あの悪い夢を食べてくれるっていう方の獏」

「新人、何を言っている。それに、これとはどういう扱いだ。まあ、いい。これ。おかわりが要る」

 空になったポリ容器を渡す。

「だから、今日はもう店終わり。だから、無し」

 バクは空の容器を見つめる。

「え? 何。獏ってイタリアーノ食べてんの?」

「そう。何か気にいったみたい」

 よく見れば口の周りが赤っぽくなっている。聖来は合点した。イタリアーノのミートソースなのだと。

「仕方ない。今日は帰るか。またごちそうしろよ」

 白獏は三人に背中を見せる。

「そうそう、新人。見回り、しっかりやるんだぞ」

 と言って消えてしまった。

「どういうことだ? 見回りはしてるのに」

 山田が白獏の言ったことに疑問を持っている一方で、

「おーい、聖来。何してんのー?」

 遠くから唐檜が呼んでいた。

「今行くー。じゃ、私行きます。山田さん、後で絶対に訊きますからね。戸内も、じゃあね」

 手を振って駆けて行った。

「なぜ、私だけ呼び捨てなんだ? こないだはさん付けだったのに」

「お前の人となりが分かったんだろ」

「まあ、それだけ親近感を覚えているわけか」

「訳が分からん」

 二人は中断していた片づけを再び始めた。


 その晩、山田のアパートに差し入れを持って来た聖来の追及に、結局のところ山田は反町の件を話すことになったのだった。


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