白獏
ダッ
山田は地面の感覚を足裏に感じていた。すぐさま立ち上がる。戸内がいた。
高校の屋上。山田は戻って来たのだった。
「反町はもうクラスに戻って行った」
「そうか……ッて、痛ってー」
思い出したかのように背中に手を置く。反町の夢の世界での衝撃がまだ引き続いていた。
「あ!」
「あれならあっちだ」
戸内の指は空を指していた。屋上の上空十数メートルの所に黒獏がこちらを見下ろしていた。
「眺めてないで、とっとと、とっ捕まえろよ」
「いや、しかしだな」
と言っている間に、黒獏は姿を消してしまった。
「ほら、言わんこっちゃない」
「だがな」
二人の間に割って入った言葉があった。
「まあ、追い出しただけでも良いとしておけ」
屋上の出入り口の上からの声。
そこには白獏が胡坐をかいていた。四つん這いの姿勢だけではない、直立の姿勢も保てるのだ。
「白獏か。助けてくれてありがとう。けど、黒いのを片付けないと」
「それはそれだ。あの状況はお前には不利だからな」
「あの状況?」
「あの子が良い夢を見始めたということは、あいつにとっては自分のテリトリーができる栄養源の宝庫だ」
「だから、あんなに強くなったのか」
「つうことだ。勝つなら自分に有利な状況を作る。敵に先にそれを作らせてどうすんだ、新人」
白獏の説教は、さっきの衝突よりも痛い点だった。
「という訳だ、幸喜」
「そうだな。反町が戻ったので、当初の目標はクリアしてるわけだしな」
戸内はすでに屋上を後にしようとしていた。
それにならって山田も歩こうとした。
が、
「新人」
白獏に呼び止められた。
「なんだ?」
「報酬」
白獏が手を伸ばしていた。
「あ? 何それ」
「助かったんだろ? なら、それに見合うもんをくれ」
「悪い夢でも食ってろよ」
「それとこれとは別だ……それはなんだ?」
山田がアスファルトから持ち上げたビニル袋を指す。
「これか? イタリアーノっていう料理で……」
「それで手を打ってやろう」
白獏は軽々と飛び降りて、二足で山田に近づいてそれを受け取った。寸胴な前足で器用に袋から容器を取り出す。
「オオ、美味そうだな」
蓋を取り、これまた器用そうに箸を使ってイタリアーノを食べ始めた。
「これはなかなかイケるな」
白獏が口周りをミートソース色に染めながら、イタリアーノを高校の屋上で立ち食いしていた。
「じゃ、僕はもう行くから」
「おい新人」
すれ違いながら、まだ口の中にイタリアーノを頬張りつつ、白獏は山田を止めた。
「名前はなんて言う、こっちの名でいいがな」
「山田、山田幸喜」
「そうか。よし、幸喜。まだ足りんから後で食いに行く。おごってくれ」
「知らん、知らん。それで満足しといてくれ」
山田は、それは白獏の冗談だと思って、階下に降りて行った。テントに戻り、仕事再開。かと思ったら、いつのまにか背後に白獏が立っていた。周りはよくできた着ぐるみを山田が連れて来たものだと思ってくれたようだが、山田は白いバクにイタリアーノを十人前おごる羽目になったのだった。