体育祭
六月となって第一週目の日曜日。晴天。
聖来達の高校の体育祭の日である。
しかも、例年になく高校生だけでなく、その近辺も盛り上がっていた。というのは、それが五〇周年を迎えるという記念すべきタイミングに当たるためであり、地域商店街が「それならば」と勇ましい掛け声のもと、出店までしていたからである。
山田は勤務するクリーニング店の社長からの指示で手伝いに参加していた。法被を纏い、早朝からテントの設営やら荷物・器具の運搬やらに駆けずり回っていた。しかも、それは自分の所のものだけでなく、他の出店の手伝いもしていた。商店街は協力し合うものだという社長からのご命令である。
クリーニング店はジュースを販売することになった。そのテントは校庭に置かれた。クーラーボックスに水を張って氷を入れ、ペットボトルを差し込む。その準備から売り子までを山田が行うことになったのである。もちろんシフト制であり、昼近くには交代となる。
その山田の横に戸内快も法被を来て立っていた。
「お前にしてはマシな格好だな」
「失敬だな。祭りに適した装いであろう」
とはいうものの、詰襟と黒のスラックスの上からの法被なので、違和感が半端ない。
「そりゃな。で、今日か?」
「ああ、早い方がいい」
山田が戸内に確認をしているのは、以前戸内が山田にメールした案件であり、その内容というのは次のようなことである。
戸内の占い店に一人の女性客が来た。四〇代の、その人の悩みは息子のことで、部活に情熱を注いで来たのだが、怪我をしてしまいそれ以来、覇気がなくなってしまった様子。高校最後の大会の前の怪我とあってショックも大きかったのだろうとは容易に推測を付けることができるのだが、それだけではなかった。まったく眠らなくなってしまったそうだ。病院でも診てもらったが、睡眠障害と言われ、薬を処方されただけだった。今後、息子がどうなっていくのかを知りたいとのことだった。
戸内はその息子を占い、一通りの返答はしたのだが、その段階で戸内は《境界》の者としての力から、どうやらそれが単に怪我が原因ではないように見えた。だから、小指ほどの大きさの御札にした和紙を渡して、飲むように言っておいた。が、それも対処療法的でしかないことが分かっていたので、この時点で、山田にメールをしておいたそうだ。
その翌日、女性から連絡があり、息子が少し眠れたそうだ。そこで、もっと見てもらいたいので息子を連れて伺いたいと。たまたま予約に空きがあったので、その時間を告げると、その女性と息子が来店。その息子の様子や言動、そして雰囲気からは覇気がないという以上に、無気力というかただ呼吸だけをしているだけのように見えた。それがいつからなのかを訊いてみると、青い桜が咲いた日と一致するとのことだった。
「その男子ってのが、ここの生徒ってわけか」
「ああ、青い桜を元に戻したはずが、症状が継続している。そこが気になってな」
「だな。でも、今無理だぜ。後からじゃないと」
「分かっている。私も青い桜だった木を見ておこうと思ってな」
と言って、テントから出ようとした時だった。
「おはようございます!」
元気ハツラツに聖来がテントに入って来た。横には
「ちわーす」
唐檜もいる。体操着姿で頭には鉢巻をしている。
「おはよう。二人とも元気だね」
「もちろん、今年で最後の体育祭ですから、悔いのないように張り切らないと」
「私はこういうイベントで、漫画の素材集めです」
アンダーフレームの奥の唐檜の瞳がまたしても光った。
「そ、そう……」
唐檜の発言には、曖昧に相槌を打つしかなかった。
「なんだ、先生も来てたんですか?」
唐檜が戸内にも挨拶する。
「今日は普通の格好ですね」
「どうだい、よく似合っているだろ」
「そう言うのは自分で言うもんじゃありませんよ」
法被姿の戸内を見ての聖来の感想に、まんざらでもなさそうに答える戸内。その脇で、
「法被を着崩して、そこから……う~ん、デリシャス」
なんて言って悦に浸っている唐檜。
「二人に餞別」
状況にホトホトしながら、山田はスポーツ飲料を渡した。
「「ありがとうございます」」
校内放送がかかる。気づけば随分と人が集まってきている。生徒だけでなく、保護者や家族関係、あるいは地域の人達が見に来ているためだった。
「じゃ、そろそろ行きますね……て」
勢いが途中で止まる聖来に、
「どうしたの?」
山田は心配そうに訊いた。
「あれ……」
歩行者の集団に指を差した。
「あ、反町じゃん」
早速ペットボトルの口を開けて、一口付けた唐檜が言う。
「さすがに今日は来たか。最後の体育祭だもんね。あのスポーツバカが来ないわけないか」
「でも、やっぱり元気なさそうね」
という女子二人の会話。
「クラスメートですか?」
戸内が確認するように訊いた。
「ええ。けど、春先に怪我してから鬱っぽいっていうか、元気ないっていうか、学校も休んだりしてるんですよ。部活に熱入れてた分、ここに来ての怪我が悔しいんじゃないかって、みんな言ってたんです。でも、まあ今日体育祭に出れば、活気が戻るでしょう。じゃ、私たち行きますね。応援よろしくお願いします」
「よろしくー」
女子二人はテントを出て行った。
「あの少年か、もしかして」
少年の様子から山田は何かを察したようであった。
「ああ、反町太助。まさか聖来さん達のクラスメートとはな」
「確かに気力がみなぎっている様子じゃなかったな」
「だろ。じゃ、私もちょっと出てくる。青い桜だけでなく、ちょっと見ておきたいからな」
「ああ、頼んだ。彼の動向に気を付けてな」
「は? 何を言っている。私は競技種目を見てくると言っているんだ」
「アホか。お前、この状況で何のんきに体育祭見物にしゃれ込もうとしてんだよ」
「冗談だ。反町も見て来るに決まっているだろ」
「もじゃなくてな」
「しっかり働くんだぞ」
山田の注意をまるで無視して、法被姿の身長一八〇センチ越えの長身が群衆に消えて行った。