納得のいく説明を
松林家のリビング。
聖来と唐檜が並び、その対面には山田と、そして新たに増えた客人が座った。
「で、何してんの? お前」
山田はいささか面倒くさそうに横で、聖来が淹れたお茶を啜る男に尋ねた。
「私も越してきたのだ」
一行一文で回答を終える。が、それに納得できないのは山田であり、
「あのなあ」
と更なる追及をしようとしたところで、
「申し遅れました。私、こういうものです」
胸元から名刺を取出し、聖来に渡した。住所と電話番号、ホームページとメールアドレスが小さな文字で書いてあり、真中には堂々とした明朝体で名前が書いていあった。
「戸内快……さんですか? 占い師」
「いかにも」
名前の肩書まで読むと、戸内は同意に首肯をする。
「ちょー当たるんだよ」
と言ったのは唐檜であった。
「こないだ見てもらったんだよね、先生。今年から始めた店らしいんだけど、結構人気なんだよ。予約がとりにくくいくらいにさー」
「こないだ話していたのが、この人だったと」
聖来はウキウキと話す唐檜の横で、どう受け答えたらいいのかためらっているようだった。というのも、山田が苛立たしげにいて、尚且つ登場シーンで攻撃を惜しげもなくぶちかましたということは、山田と同じような人であろうと、すなわち魔方陣やら何やらが使えるのだろうとは容易に推論できたからである。
「占いって、お前なんで、んなことしてんだよ」
「生計を立てるために決まっているだろ」
「いや、そもそも来るなら一言くらいあってもいいだろ」
「陰から見守るというのもありだろ」
「ねえよ、しかも僕じゃなくて、聖来ちゃんにしてただろ」
男二人の再会。しかも噛み合わないコントのようでもある。
「グフ」
それを見て、まさに現前に運ばれてきた大好物な料理に待ったをかけられているような涎を垂らさんばかりになっているのは、唐檜であり、彼女の発症を見て、
「杏奈、もしかして山田さん達のやり取りをBLネタにするんじゃないでしょうね?」
こちらも呆れがちに問う。
「いわずもがなだよー、聖来。こんなごちそうないでしょ」
と答えると、スクッと立ち上がりリビングを出て行った。
「創作活動再開ってか」
ため息交じりに聖来が見送っていると、
「聖来ちゃん、ゴメンネ」
唐突な山田からの謝罪であった。それがどういう意図なのか測りかねていると、
「こいつが驚かせてしまって。怖かったよね」
「いえ、大丈夫です。でも、ストーカーって別の人かもしれませんよね」
「どういうことだ?」
二人の会話の合点がいかない戸内に山田がこれまた面倒そうに、聖来の周りで起きたことを話した。
「ああ、それは私だな。間違いない」
と断言したところで、山田がグーパンチを一発戸内の頭部に見舞った。
「痛いじゃないか。何をする」
「何をするじゃねえよ。なんでそんなことしてんだよ」
「幸喜が世話になっているから、その感謝を込めてだな」
「相手の気持ちを察しろよ。知らねー奴から花束とか手紙とか突然来たらどう思うよ」
「そうか。しかし、私は氏名を……書いてなかったか……ま、結果オーライということで」
「オーライになってねえよ」
「どうした幸喜、以前よりも沸点が低くなってないか?」
「お前がこっちに来ても変わってねえからだろ」
その一言で場の空気が止まった。
「やっぱり戸内さんて、人間じゃないんですか?」
確証がなかったが、山田の一言が確信に近づけてしまった。
「幸喜はまったく……聖来さん、いかにも私は人間ではありません。幸喜と同じ《境界》から来たものです」
「キョウカイ?」
聖来が小首を傾げるものだから、正体を明かしたはずの戸内は山田の肩に腕を回すと、聖来に背中を向けた。
「幸喜、黒獏の一件を目撃されてゲロったんじゃないのか?」
「少しだけだ。《境界》のことは言ってない。てか、なんでお前がそれ知ってんだよ?」
「私をなめるなよ。というか、どうするんだ? 《境界》のこと」
「お前が訊くなよ。どうにかしろよ」
「私は幸喜がすでに話したものと」
などと小声でやり取りするのを、もれなく聞いていた聖来は
「や~ま~だ~さ~ん」
霊の、もとい例の何とも威圧感のある呼び方で山田を振り向かせた。
「何? 聖来ちゃん」
平然を装うものの、その口調はすでにどうやってごまかそうかなの色を湛えていた。それは獏事件の後の山田の様子と同じものなので、聖来には容易に山田が何かを隠そうとしているのが十全に分かった。だから、
「キョーカイってなんですか? 説明してくれますよね」
「いや、ほらキョウカイっていうのは、そう! 慈善運動協会てのに、僕ら入っているから、それのことでね……」
「や~ま~だ~さ~ん」
山田は、聖来の威圧感は高樅のものに負けぞ劣らず感じた。ということになれば、
「キョウカイってのは、境界と書くんだ」
テーブルにあった戸内の名刺の裏に文字を綴った。
《境界》。そこは山田や戸内達が元いたところで、精霊や妖精が住む世界と、人間が住む世界の中間層に位置する。どちらにも行き来することができ、人間と同じ姿の生物もいれば、他の形態の生物もいる。どの世界にも悪い奴というのはいるものも、それが例えば黒獏である。精霊の一種なのだが、人間の世界に来て、以前聖来に話したように、人間の良い夢を食べて、より悪質な獏は悪い夢を見させる。それは絶望や失望となる。実はその感情が《境界》にも影響が出て、《境界》から人間の世界や精霊たちの世界への行き来ができなくなってしまう。だから、《境界》の者が人間の世界や精霊たちの世界へ行って、互いに悪影響が出ないように秘密裏に対処している。
といったようなことを聖来に説明した。
「三つの世界のバランス調整をしているってことですか?」
「さすがだね、聖来ちゃん。いわばその通りだよ」
「で、それをなぜ前言わなかったんですか?」
「い、いや、それは」
「なぜですか?」
「だから、それは」
山田の目が泳いでいるのを聖来はクスッと笑った。
「良いですよ、もう。言えないことくらいあるのは、分かってますから」
「意地悪だな、聖来ちゃん」
「怖い目にあったんです。それくらいのことは知りたいですから」
聖来へのストーカー事件が解決し、安堵の胸を撫で下ろしたところで、
「では、私はそろそろ帰るかな」
戸内が湯呑を空けた。
「あの着ぐるみ持って帰ってくださいね」
「無論だ」
「てか、なんであんな格好で来たんです?」
「面白そうだったからな、なんとなく」
「面白そう?」
聖来はキョトンとして戸内を見た。
「こういうヤツなんだよ、ずっと」
その山田のセリフで、今までの山田から醸し出されていた面倒臭そうオーラの意味がようやく分かった気がした。とっつきにくそうなのは、外見ばかりではなさそうである。
「確かに、面倒臭そうですね、戸内さんて」
「幸喜、聖来さんはSっ気満点で随分言い切る子だな」
「人のこと、会った初日にSとか決めつけないでください」
聖来が真っ赤になって否定していると、戸内は立ち上がり、頭を下げた。
「幸喜が迷惑をかけた。人間が知らなくてもいいことを知らせてしまったから。だから、何かあれば私達に相談するといい。できる限りのことはしよう。そして、まだ半人前な幸喜のこと、よろしく頼む」
思いがけない行為に、驚きの視線を山田も聖来も戸内に送る。
「お前、良識的なことできたんだな」
「何を言っている。幸喜もしっかりするだぞ、聖来さんに迷惑にならんようにな」
戸内は姿勢を正すと、リビングを出て行く。山田も聖来もその背中を追う。玄関で靴を履く。
「てか、お前どこに住んでんだよ」
「川沿いのマンションだ。今度遊びに来やがってもいいぞ」
「は? マンションて……いくらしたんだよ」
「だから、言っただろ。生計を立てていると。じゃあな。おやすみ、聖来さん」
「おやすみなさい」
玄関のドアが閉まった。
「俺は古アパートだってのに」
山田がうずくまってぼやいた。
「ほら、山田さん。お茶淹れ直しますから、元気出して。杏奈ー、お茶淹れるよー」
二階に向かっても大きな声を出した聖来はリビングへ足取り軽く戻って行った。
ふと山田は思った。
――僕、今日どうしたらいいんだろ
「山田さーん、お茶飲んだら帰っていいですよー」
さも山田の思案を訊いたかのように、リビングからその回答が送られてきた。
「ま、一件落着したしな」
スクッと立ち上がった。その拍子である。背広の内ポケットのケータイが鳴った。
取り出して見る。メールだった。送信者は戸内快。
「いつの間に登録したんだ?」
今日まで戸内がこっちに来ていることを知らなかったばかりか、ケータイの有無も話に上らなかったというのに、戸内の電話番号とメールアドレスがしっかりと新規登録されていた。これも戸内がなせる術の一つであろう。
メール開封。
「こちらの世界ではこうした通信機器を使っていた方が、勝手がいいようなので、登録しておいた。ちょっと気になることがある。今すぐという訳ではないが、今度協力してもらいたい」
との文面。
「電話口で話せないようなことか?」
と返信。すぐに戸内からの返信がある。
「青い桜絡みだ」
その短い一文を見て、山田は頭を掻いた。
「了解」
とだけ打って返信した。
「そりゃ断れないな」
つぶやいてリビングへ再び入って行った。




