勇者の依頼
「ふぅ〜 ようやく行ったか。ったく、今回の勇者は本当にダメだな」
ギルドマスターは、どしっと椅子に座りため息を吐いた。
「そうですね。なぜアシエル様が勇者ではないのか、疑問に思うぐらいですよ」
「あ? あいつは、元勇者だぞ」
「え!? そうだったんですか!?」
「そうか、お前は知らないか。今から8年前。まだあいつが15歳で、国に勇者として選ばれたんだけどよ」
「15歳……今の勇者より、だいぶ若いですね」
「あぁ、そうだ。この町で活動はしてなかったし、本人から聞いた訳ではないから、そこまで詳しくは知らんが。ある依頼で失敗し、依頼主を殺してしまったんだよ」
「こ、殺した…… あの、アシエル様が」
「いや、まぁ殺したんだけど、依頼内容と依頼主を知ったら、俺も同じことをするな」
「その、依頼っていうのは」
「まぁ、お前だから心配はないと思うが、他言無用で頼むぞ」
「はい」
秘書は、ぐっと拳の力を入れ、生唾を飲み込んだ。
「あいつの依頼は、ある1人の少女の救出だった。もちろん、あのアシエルだ。そんな事は日常だからな。あっという間に、モンスターの群れを倒して少女を救出したんだが…… 問題はその後でな、実はその少女は魔王の娘だったんだよ」
「え゛ま、魔王の娘ですか!?」
「まぁ、驚くよな。それにだ。アシエルがした事…… お前は、これが、どれだけ残虐な行為か分かるか? 確かにモンスター達は俺達を襲い、自分らの領土を増やそうとしている。必然的に人間と争うようになる事は、仕方がない事だ。だが、戦争中だとしても許されない事がある。それは、戦争とは無関係な者達の虐殺だ。だがアシエルは、戦争とは無関係の幼い娘の前で虐殺を行いながら、さらには誘拐し、人質にとった。という、極悪非道な行いをした事になるんだ」
「そ、それわ…… アシエル様がした事が、私達人間であっても、決して許されることではないですね」
「そうだろ? そんで、何でかは知らんが、自分がした事に気づいちまって、魔王の娘を依頼主に渡す前に解放して、依頼主を切っちまったんだと」
「……」
秘書は、少し悲しい目をして俯いていた。
「まぁ、複雑な気持ちにはなるな。ハッキリ言って、もしアシエルがそのまま娘を依頼主の元に届けていれば、この戦争はもう終わっていたと思う。その代わり、娘は有りとあらゆる拷問をされ、壊された後だったとは思うがな」
「私には、何が正しいなんて、判断できる立場ではありませんが。アシエル様が行った事は、間違っておらず、正しい行いをしたと私は思います」
「俺だってそう思うぞ。戦争は戦える奴が勝手に戦っていればいいんだ。そこに、戦士でもない者を巻き込む事は許されないからな。ましてや、拷問なんて」
「……」
「んま、これが俺が知っている、アシエルって言う、元勇者である人間だ。本人に聞く勇気はないから、未だに聞けてはいないがな。何かのきっかけで、あいつが話してくれるのを待ってればいいさ。だから、お前もそんなに泣くな」
「はい……」
秘書は、ハンカチで涙を拭い、息を整えた。
あまりにも悲惨すぎる。
まだ若かった彼の今までの人生がどれほど辛かったのか。
それを肩代わりする。なんて事は、できるとは思えないが、それでも、少しでも彼を助けることが出来るように。と、この日を境に、彼女は切磋琢磨に働いた。
後に全ての王国のギルドマスターを統括する事になるのは、また別の話である。
「グスっ。では、もしかして国がアシエル様に新しい船を与えないのは、そう言った理由があるのですか?」
「いや、この話は王国の人間でも一部の奴らしか知らないし、実際にあいつが勇者だったなんて事は、お前が知らなかったように、揉み消されて無くなってるからな」
「では、何故あのような対応を国はとっているのですか?」
「あいつが、貰った最初の船で街に突っ込んだからだ」
「え!? そ、それって」
「あぁ、被害はゼロだ。突っ込んだって言っても、年代物の町の宝だった、時計塔をぶっ壊したぐらいだからな。ま、それが原因で、新しい船を貰えないんだよ。信用が全くないからな」
「うふふ。なんだか、今の話を聞いて安心しましたわ。良いことではないですが、アシエル様って感じで、微笑ましいエピソードですね」
「全然、微笑ましくないぞ。それ治すのに、少しの間だけだが、国が傾いたそうだからな」
「……」
「ま、そう言うことだから、日頃の行いがあっての、国の対応だ」
「はい。それは、自業自得ですね」
「まぁ、そう言う人間だからこそ、俺は出来るだけのことをしてやりたいんだよ」
「……」
アシエルを散々、こき使い、ましてや金貨1000枚を巻き上げた、ギルドマスターの言葉とは思えない発言に、秘書は言葉には出さなかったが、この人間を野放しにしておくのは危険だと思った。