08 柳生十兵衛見参
【登場人物】
小野タスク
平凡な高校生。
コマチの歌により、悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
自宅の裏山が、なぜか地獄に繋がっている。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に空間を変化させ、炎を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
柳生十兵衛
柳生荘の山奥で修行中に、なぜか現代に召喚されてしまった剣豪。
立烏帽子(鈴鹿御前)
将軍塚にある地獄の門を開放する妖女。
魔王軍随一の女性剣士である。
タカムラ
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫の子を連れている。
柳生仕込み杖。
十兵衛の祖父、柳生石舟斎が山歩きで猛獣対策のために製作したと言われる鉄杖である。
長い鉄芯鉄刃を三角に割った木や竹材で包んで張り合わせてあるため「仕込み杖」と言われる。
この鉄杖に柳生十兵衛が数手の技法を加え、対刀剣用の武器術として完成させたと言われる。
月明かりの中、刀を構えた男女が十兵衛にニジリ寄る。
十兵衛は左右に敵を受け、鉄杖を脇構えに低く構えた。
敵の太刀を闇夜の月に見る。
新陰流の月影の目付けである。
男は自然体でスラリと片手に刀を構え、女は少し腰を落とし、真っ直ぐ正眼に構えている。
(この男は少し手強い様だな)
「水月…」
左右の敵に挟まれた十兵衛は相手の影を水面に映し間合いを測る。
左に居る女の足が踏み出したと見るや、十兵衛は振り返りざまに『猿廻り』の太刀で女の刀に鉄杖を叩き付けた。
猿廻りとは、猿が木々の枝をとらえて素早く山の裏側へ飛び渡るように、敵の裏へ回り込む打撃技である。
飛び越す勢いで敵の腕や刀を叩き打つ。想像以上の強打である。
鉄杖の長さは約120センチメートル。
女の刀の長さは約70センチメートル。
刀の間合いとしてはだいぶ遠いが、十兵衛の鉄杖なら女の刀の刃まで届く。
鉄杖で棟の上から叩けば、刀は曲がり砕けるはずだ。
十兵衛は猿廻りに女の刀の刀棟を上から叩き折った…
はずであったが、一瞬折れ曲がった刀は、たちまち元の形状に復元した。
「?!」
これはふつうの刀では無い!
(まさか御前の霊刀か?)
十兵衛は盗み目遣いに御前を見ると、相変わらず妖女立烏帽子は銀髪を月影にゆらしながら微笑んでいる。
十兵衛の一瞬の隙を見逃さず、男が背後から片手で斬り掛かって来た。早い。しかも片手なので間合いが遠い。
この男の太刀は実戦の剣術の速さだ。
男の殺気を察した十兵衛は、避けずに男の太刀を自身の肩口に引き付ける。
切り掛かる太刀の光を見切り、十兵衛はカラリと体を入れ替わって「逆風の太刀」で男の右腕を素早く叩き折った。
グシャリと嫌な感触が手内に伝わって来る。
男の右腕が折れ曲がるのが見えた。
だが男は、かまわず左手を脇差に伸ばした。
それを察した十兵衛は打ち込んだ鉄杖をクルリと下段にネジ回すと左手で杖の中央を受け取り、浮舟でフワリと入身しながら男を突き飛ばした。
男は鍛え上げた強靭なパワーで耐えようとしたが十兵衛の浮舟の緩急の妙によって全く力が入らず、自身が浮き崩された勢いでそのまま数メートルほど吹き飛ばされ、古墳の斜面を転がり落ちて行く。
相手の間合いが遠かろうが近かろうが、刀だろうが素手だろうが、自由自在に打ち折り倒す。
上泉武蔵守よりの無刀の公案を柳生石舟斎が完成させ、国士無双と言わしめた無刀の秘術である。
だが男は転がり落ちながら左手で脇差を投げ付けて来た。
「打ち物か!」
同時に女が背後から斬り込んで来る。
十兵衛はとっさに鉄杖を捨てて前に飛び出し、飛んで来た小太刀を拝み取りに挟み取りながら地を転がった。
もしも小太刀を打ち払ったり、横に避けたりしたなら、足が止まった瞬間背後から女に斬られていただろう。
あえて前に飛び出したからこそ女の太刀から遠ざかる事ができた。
驚くべき判断力である。
十兵衛は間一髪で背後から斬り込んで来た女の刀を交わしながら、腰の脇差を抜きざまに手裏剣に投げ付ける。
バシッと鈍い音とともに女の顔に十兵衛の剛健な脇差が突き刺さり、女は倒れた。
…が、再び女は何ごとも無かったかの様に起き上がった。
(やはり屍人か…)
ふと十兵衛の左目の視界が血で黒く隠れた。
(左眼をやられたか)
男の投げた手裏剣が十兵衛の片目をわずかに掠めていたようだ。
(たしかに顔前で止めたはずであったが、届いていたのか…いや、ふつうの人の術と思うたのが不覚であった)
十兵衛が小太刀を握ると手裏から不気味な波動を感じる。
(?!)
まさか、この小太刀は生きているのか。
男が古墳の斜面を駆け上がって来た。
先ほど砕いたはずの男の右小手はすでに復元していた。
(やはり男も屍人か)
おそらく二人とも立烏帽子が黄泉返えらせた鬼人であろう。
だとしたら、いくら鉄杖で打ち砕いたとしてもこの二人は延々(えんえん)と復活してしまう。
もはやこの二人の首を取るしか無い。
「止おえぬか」
十兵衛は先ほど男が投げて来た脇差を手に握り、前へ差し出して小具足に構える。
女は十兵衛の構えた小太刀を見てビクリと反応する。
先ほどまで無表情だった男の方にも躊躇の『色』が見える。
?…………
十兵衛は二人に恐怖の『色』が現れたのを見抜いた。
『色』とは身体の表面に現れた心情である。
それは顔色であり、刀や腕の動きであり、気の変化でもある。
新陰流は特にこの『色』を読む術を重要視する。
(この亡者どもは、この『小太刀』を恐れておるな)
十兵衛はこちらに利がある事を察すると小太刀を下段に下げ下ろし、身を丸く屈めて一直線に女に向かって走り出した。
男が十兵衛の殺気に気づいて女に何か叫ぶがもう遅い。
十兵衛は女が刀を振り下ろすにも構わず飛び込んで女の脇腹に小太刀を突き刺した。
「そこまでじゃ!」
立烏帽子の一言で十兵衛は動きを止め、女は慌て飛び退いた。
「やるのう十兵衛。その霊刀『小通連』はお前の血の味が気に入ったようじゃ。お前にくれてやる。後はよろしく頼んだぞ」
(そうか、やはり左目の血を吸ったのはこの刀であったか)十兵衛は合点した。
立烏帽子はにこやかに笑うと将軍塚の上からヒラリと飛び降り、呵々(かか)と笑い声を立てながら三人は黒い穴に消えて行った。
十兵衛は立烏帽子の霊刀を片手に立ちつくしていた。
「……よろしく頼む?何をじゃ?」
左眼からは血が流れていた。
太陽が昇る。
俺の部屋にも朝が来た。
昨夜から泥のように眠ってしまったが、おかげでだいぶ楽に………ん??
目の前にチビ助コマチの寝顔があった。
「うわああ!何でお前がここに寝てるんだ!」
「おおタスク、目覚めたか」
チビ助がアクビをしながら布団から起き上がる。
裸だった。
「ちょお前!なんで服脱いでるんだよ!」
「決まっておろう『しとね』を共にするからには脱ぐのが掟じゃろ」
知らん!知らん!
どこでそういうエロ知識を仕入れてるんだこのガキんちょは。
※ しとね:寝床
先ほどの体勢を考えると、どうやら二人で朝まで抱き合って寝ていたようだ。
あわてて自分のパジャマを見直すが、特に着崩れてはして居ない。
(何もしてないよな……………たぶん)
チビ助は全裸のまま飛び起きるとサッサと着物を付け始めた。
ミニスカみたいに履いてはいるが、伸ばすと膝丈ほどの長さがある着物のようだ。それを端折って短くはいて、動きやすくしているようだ。
着物って便利なんだな。
感心して見ていたが、しかしガキんちょとはいえ女性の着替えを覗くのは気マズいので、紳士な俺は背中を向けてゴソゴソと着替えはじめる。
「というかチビ助、お前いったい……あれ?居ない」
今そこで猟師ルックに着替えていたハズのチビ助が、いつの間にか消えていた。
「お〜い。おチビちゃん」
部屋中を見回したがどこにもチビ助は居なかった。
(まさかチビ助まで消えたのか?!)
誰も居なくなった部屋に立ちつくした。
布団に手を当てる。
まだ暖かい。
夢ではない。
チビ助は…コマチはたしかにここに居たんだ。
なぜコマチもチビ助も消えていくのだろう。
朦朧としながらメシも食わずに登校する。
目の前からコマチもチビ助も次々と消えて行く。なぜだ?
全身から生命が抜け出したかの様な空虚な気分だ。
フラフラしながら家を出る。
まるで自分の方が幽霊になってしまった気がする。
いや他人から見たら今の自分は本当に幽霊に見えるかもしれない。
ヨロヨロと朝の坂道を登りはじめたその時。
朝日に彩どられた黄金色の坂道の上に居た人影に息を飲み足を止めた。
薄く朝日に照らされコマチの姿が見えた。
昨日別れた制服姿のまま、いつものコマチがそこに居た。
「何をしている、早く登って来ぬか」
コマチが少し笑っている様に見えた。
〜08 「柳生十兵衛見参」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
今回はようやく剣術バトルシーンですねぇ
まぁ主人公は寝てただけですが。
> 柳生仕込み杖
柳生石舟斎が作ったと言われる鉄杖ですね。
竹製ですが中に鉄芯が入っています。
当時柳生谷には槍の名人、伊岐遠江守などが住居していたと言われ、石舟斎と上泉伊勢守一門が宝蔵院で試合した件も考えると武器術も盛んではなかったかと推測しています。
> 国士無双
これは師である上泉武蔵守が、石舟斎の無刀取りの完成を讃えた言葉ですね。
武蔵守「問う。無刀は取り得るか?是か?否か?」
厳曰く「是」
武蔵守「試みに把り定せよ!看ん」
言下に於いて、石舟斎はたちまち武蔵守の木劔を拗折(ねじり取り)す。
武蔵守「呵々(カカ)」と大笑いし
「爾これ無刀の濫觴なり。国士無双と謂うべし矣」
つまり麻雀バトルをしていたワケではありません。