07 夢語りせし
【登場人物】
小野タスク
コマチから「魔王」と呼ばれる平凡な高校生。自宅の裏山が地獄に繋がっている。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
コマチ(小野小町)
「カマ様の神器」と呼ぶ鎌をタスクに押し付ける迷惑な女子高生。
和歌の言霊を操り自由に空間を変化させる能力を持つ。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
立烏帽子(鈴鹿御前)
将軍塚に地獄の門を開放する妖女。
魔王軍随一の女性剣士である。
タカムラ
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫の子を連れている。
タカムラが連れていた白い猫娘の金銀のオッドアイで睨まれた俺は金縛りにかかっていた。
コマチはタカムラと共に、あの真っ暗な『地獄の井戸』の中に消えて行ってしまった。
コマチの去って行く後ろ姿を見ながら、なぜか自分自身の無力感に襲われる。
そこにカヲルさんがスタスタと歩いて来て、いきなりパッと俺の顔を手で目隠しすると背後から踵をコツン!と蹴り上げた。
「イテっ!」
あ…金縛りが解けた。
驚いた、動ける。なんともない。
「カヲルさんも魔術師だったんすか?」
思わずアホな質問をしてしまった。
「そんなワケ無いでしよ。ただの活殺術の応用よお」
「活殺…術?何それ?」
「注意力をいきなり分散させておいてえ、全く関係ない所に刺激を与えて脳神経のバグを強制リセットした感じねえ、科学よ科学っ!」
ホントかなあ?
カヲルさんの適当な解説は全く理解できないけど、あの餓鬼より強かった魔術師たちの金縛をカヲルさんが解いたのは事実だ。
何か不思議な技術を知っているのだろうか。
「活殺術って何なんです?魔法とは違うんですか?」
「活殺術は兵法よ、魔法じゃ無いわ」
「兵法??」
また話が飛んだ。ワケが分からない。
「南軍流兵法。昔っからウチに伝わってる武術よ。わかりやすく言えば剣道と柔道と空手のちゃんぽんかしら」
なるほど昔の武術の技か。やっぱりカヲルさんの家は先祖代々忍者だったんだな。
武道か…ふとコマチが鬼と戦っている姿が目に浮かんだ。
コマチの超能力は確かにすごい。
けどあの熾燃餓鬼はコマチより強い。
しかしこの『神器』ならあの怪物を一撃で倒せる。
再び、ただの棒きれに戻った『カマ様の神器』を見つめた。
俺がコマチを助けないと…
コマチが最後にタカムラと共に闇の中に消えていった姿を思い出した。
地獄の官吏タカムラ。
高村?鷹村?何者なのかわからないが、やはり彼も鬼か妖怪なのだろうか。
地獄の世界
なぜ小町はその様な恐ろしい世界の力を持っているんだろう…
重い身体を引きずる様に坂道を降りながら、ようやく帰宅した。
軽くシャワーを浴びて左腕の包帯を取り替え、昼の残り物を食べる。
だめだもう眠い。
昨日から二日近く寝ていない。俺は布団の中に潜り込み、いきなり泥のように眠りこんだ。
何も覚えていない。
ふと気づくと夢の中にはコマチが居た。
真っ暗な闇の中にタカムラとコマチが立っている。
「おい!コマチ!」思わず口から声が出た。
タカムラが止めた。
「現世の人が常夜に来てはいけない。帰りなさい」
どういう事だ?
コマチは何も言わずこちらを見ている。
俺は何か言おうとしたが息苦しくなって目が覚めた。
いやマジで息苦しい…本当に重いんですけど…
「ん??」
眠い目を開けて闇の中を見ると、女の幽霊が布団の上に乗って、座りながらこちらを覗き込んでいるのが見えた。
「ウギャっ!幽霊!」
恐怖のあまり慌てて布団の中に潜り込んだ。幽霊なんて初めて見た。ほんとに居るんだ!これも夢か?
「こら!タスク。誰が幽霊じゃ!馬鹿者」
ん?この声は
布団を下げてそっと見上げてみると、闇の中に白く細長い足と短い着物の裾が見えた。暗くてよく見えないが、顔を起こしてフトモモのさらに奥を見ると…履いてない?
「どこを見ておるか!痴れ者」
ポカリと頭を叩かれた。
あ!やっぱりコマチだ!と思わず飛び起きると、上にまたがっていたコマチがその勢いで布団の上をゴロゴロと転がって行く。
暗くてよく見えないが、だいぶハシタナイ格好でチビコマチが布団の足元にひっくり返っていた。
「あ、なんだ。チビ助か」
チビコマチは飛び起きた。
「妾は『典』では無い」
その寒いギャグは昨夜聞いた。やはり本人の様だ。
「というかお前もコマチ…だよな?」
「見れば分かるじゃろ。妾は一人しかおらん」
その言葉は全然説得力が無いぞ。
「さっきまで大きかったよな?夜になると縮むのか?」
「お前はアホウか。人間が伸び縮みしてたまるものか」
いやそれも全然説得力が無いぞ。
「だいたいお前が妾を求めたから来てやったのではないか、コヤツめ」
チビ助はまた俺の布団の上をまたぎながらズリズリとすり上がって目の前に来る。
「俺がお前を?呼んだ?どうやって?」
「夢の中で妾を呼んだであろうが」
「そういえば…いや、あれはお前を呼んだのでは無くて…」
「では誰を呼んだのじゃ」
「う…!」
思わず思い出して赤面して布団の中に潜り込んだ。
「コラ!言うてみい!タスクめ!」
チビ助が俺の布団の中に潜り込んで来る。
「うわっ!何やってるんだバカ」
「これしきの事で恥ずかしがるとはウブなヤツよのう」
「お前が言うな!チビ助」
また今夜も寝不足になりそうな予感がする…
夜の将軍塚。
やはり今宵も『御前』と呼ばれる妖女が月明かりの将軍塚にフワリと座っている。
風も無いのに長い銀髪が宙をなびいていた。
その前に広がる草原の上には若い男女二人がつっ立って居る。
見慣れぬ学生服を着ている。
長い黒髪の美女と、たくましい長身の男だった。
二人はまるで機械の様に無表情だった。
そして二人は刀を持っていた。
御前と呼ばれる妖女がふと振り返って微笑んだ。
「おや、お前まで来たのかえ」
林の奥から音も無く精悍な「サムライ」が現れた。歳のころは三十歳後半だろうか。
髷は結わず総髪を背中に垂らし結んでいる。
粗末な着物に山歩きの脚絆を巻いた草鞋履きの姿。
細い竹の杖をつき、腰に鉈のような脇差を差している。
みすぼらしい着物の袖から出た腕は、鍛えられた剣士特有の腕だった。
御前はまたニヤリと大きな口元を引き上げながらサムライを指差すと、二人の男女は素早く左右からサムライを挟みこんで抜刀し構えた。
サムライは横目で二人を見比べると、動じる気配も無く御前を見返す。
「これはいかなる理由ですかな?御前」
「少し遊んでもらおうかねぇ。柳生十兵衛」
御前は耳まで裂けるかの様に赤い唇を吊り上げて微笑んだ。
十兵衛はまばたきもせず、突いていた杖をスルリと両手に持ち直した。
〜07 「夢語りせし」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
> いきなり目隠しして踵を蹴り上げる
じつはこれは鼻血の止め方ですが(笑)
自分が金縛になった時は、動ける指先を見つけてそこが動いた勢いで手足を強く捻って解除しました。
原理は少し似てますかね。
>南軍流兵法
ちなみにカヲルどのの設定は、あるマンガ原作者さんのプロフィールを参考にしました。
古文の女教師で、古流剣術の宗家で、小太刀の遣い手だそうです。
きっと美人なんでしょうね。