67 内臣はいそがしいっ!
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王・鏡王女
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
655年1月。
軽大王こと孝徳天皇の死から三ヶ月後。
中皇命である間人皇女は飛鳥へ戻った。
母の寶皇女に皇位を譲るための行幸である。
冬の寒さの中、四天王寺などを巡り、ゆっくりと南へ向かう。
カマタリは額田姫王を馬上に乗せて、二人で中皇命のお供をする。
間人皇女の輿には有馬皇子の馬がピタリと付いて歩いている。
「やれやれ、あの坊やもあまり深入りしなけりゃいいけど」
「ん?何か言った?」
「いえ別に」
額田姫王は久しぶりの天皇の行幸にウキウキである。
寒風が吹いた。
「ううう寒いっ!」
「だから輿に乗れと言ったのに」
「うるさいわね」
君待つと 我が恋ひ居れば 我が宿の
簾動かし 秋の風吹く
『我が宿』
バリアが包み風が止んだ。少し暖かくなってくる。
お〜これが身体を温める護身魔法の言霊か。
「へえ、言霊でこんな事もできるのか」
「キミも少しは頭使って歌の勉強しなさい」
「それ今言う事か?」
それでもやはり馬上は寒いのか、額田姫王は小さな身体をカマタリに寄せてくる。暖かい体温が伝わってきた。
「まぁ…これも悪くないな」
大和川を越えた所で一行は官道から外れ、野原を登る。
するとまもなく高台の上に、丸太を組んで作られた大きな草葺きの建物が見えてきた。
今回の休憩所である。あそこで食事だ。
寒い中でも食事できる様に、舎人たちに指示しておいたものだ。
周囲ではあちこちで炊き出しの火が焚かれ、地元の百姓たちが官人たちの小屋を作っている。
小屋には板が敷かれていたが、束ねたススキの山が積み重ねられているだけで、まだ作業が終わって無いようだ。
「ありゃ、少し進行が遅かったみたいだな」
「なんか人数が少ないわね」
「言われてみれば………あ!」
思い出した。飛鳥近隣の百姓たちはあの水路工事に駆り出されていたのか!
これは百姓たちに悪い事をした。
間人皇女の輿が降ろされる。
カマタリや官吏たちが天皇の輿の前に拱手して出迎え、采女たちは歌い、舎人たちは跪ずいて「おおお」と武具や手を打ち鳴らす。
煌びやかな黄金の王冠をかぶった間人皇女が輿から降りて来た。
日の光に輝き照らされて天女のような美しさだった。
「ここは見晴らしが良いのね」と間人皇女が言う。
すると額田姫王は歌を読み出した。
秋の野の み草刈り 葺き宿れりし
宇治の宮処の
仮廬し思ほゆ
のどかな風景を映し取った美しい歌声に、周囲の采女たちも聞き惚れる。
「あれ?宇治は反対方向だろ」
また風情を理解できないカマタリの一言に額田姫王はキレる。
「バカねキミ!バカバカバカ!」
「え〜ひでえなぁ」
間人皇女は二人を見てクスりと微笑んだ。
「あなたたち、とても仲が良いのね」
「え?どこがです?」二人同時に同じ事を言う。
間人皇女は思わず笑い出した。
「楽しそうで羨ましいわ」
「え?うらやましい?」
「ええ、ずっと昔から」
額田姫王は中大兄皇子の元に居た行き詰まるような時代を思い出した。
「姫様…」
「私も貴女たちみたいに仲良く馬に乗りたかったわ」
間人皇女の笑顔の中にどこか寂し気な陰が見えた。
「じゃあ、一緒に馬に乗りませんか?」
カマタリは当たり前の様に声をかけた。
「はあ?ちょっとキミ!何言ってんの!」
カマタリのデタラメぶりに額田姫王が呆れる。
カマタリはニヤリと笑うと額田姫王の言葉をよそに、再び問いかけた。
「いかがです?陛下」
間人皇女はニッコリ微笑んだ。
「カマタリ、朕も馬に乗せなさい」
「ははっ!でわ!」
カマタリは間人皇女を素早く抱き上げると、そのままヒラリと馬に飛び乗る。
周囲で見ていた舎人や官女たちは人間技とは思えない動きにあぜんと口を開けて見ている。
「ちょ!何やってんのよ!」
額田姫王があわてて駆け寄る。
「鏡姫」
間人皇女は馬上から微笑んだ。
「は!はいっ?」
さすがの額田姫王も、いきなり面と向かって皇命から声をかけられて固まってしまう。
「勅です。カマタリは私がいただきましたよ」
「へっ?」
「すぐ戻るよ!行ってくる!」
カマタリは山に向かって馬を走らせた。
有馬皇子もあわてて馬に飛び乗るとカマタリたちを追いかける。
額田姫王は茫然と立ちつくして三人を見送った。
二騎の馬が草原を駆け抜ける。
「ふふ、坊やが追いかけて来るわ」
「追いつけませんよ」
カマタリはやすやすと乗り回しているが、この馬は東国から取り寄せた暴れ馬である。
馬は競り合う習性がある。
カマタリはさらにスピードを上げて山林を駆け抜けると、たちまち森の中に姿を消してしまう。
二人を見失った有馬皇子はウロウロと馬を回して「クソっ!」大声で叫んだ。
二人を乗せた馬は、冷たい空気を押しのけ飛ぶように山道を駆け抜けていく。
間人皇女は両腕をカマタリの首に回して抱きついてくる。
「いいわ…このままずっと遠くに…」
「……………」
初めて会った頃の間人皇女はまるで操り人形の傀儡ような冷たく無表情な少女に見えた。
彼女はこの一、二月の間に、驚くほど明るく伸びやかになったように思える。
だが今初めて彼女の心の奥にある寂しさを知った。
彼女はいったいどれだけの孤独な時間を過ごして来たのだろうか。
カマタリは彼女の肩を強く抱き寄せた。
森の奥に馬を停めてヒラリと飛び降りると空に向かって声を掛ける。
「よう!居るんだろ!」
「ゴウ」という風音と共に仮面を着けた黒い紋様の巨獣が、黒い翼を広げて空から降りて来た。
馬上の間人皇女が微笑む。
「これは何?虎かしら?」
「小狐丸。俺の相棒ですよ」
「狐には見えないわね」
「まぁ名前を付けたのは御前ですので、きっとてきとうですよ」
小狐丸は黒い翼を広げ、二人を乗せて飛びたった。
「どこへ行くの?」
「少し飛鳥の渠を空から視察に行きます」
「渠?」
やはり彼女はあの巨大水路の事を知らないようだ。
やがて工事中の長い渠(水路)が見える。幅は十メートルを超える広さだ。
人夫たちがあちこちで蟻のようにうごめいている。
「あの渠は?」
「あれは民から『狂心渠』と呼ばれてます」
「そう…」
間人皇女の表情に少し陰がさした。
「軽大王は民に苦役はさせない人でした」
「そうね…」
おそらく間人皇女は何も知らず、兄や母親の言いなりになってきたのだろう。彼女に政治は無理だったのかもしれない。
(やはりやり過ぎたかな)
小狐丸から降りた二人は再び大和川の高台に戻り、馬から下りた。
間人皇女を仮宮にお送りしたカマタリは高台から大声で人夫たちに命令する。
「よし、ご苦労さん!仕事はもういい。働いてくれたみんなに酒でもふるまってやれ。皇命からの下賜だ!」
百姓たちにどよめきが走った。
まさか報酬が出るとは思って無かったようだ。
「やはり『あっちの水路』は無報酬で働かせているのかねえ…」
カマタリは遠く飛鳥に向かう東の空を見た。
「ちょっとお、あんなにお酒を出しちゃってどうすんのよ」
額田姫王がむくれ顔で詰め寄る。
「難波からどんどん運ばせるよ。あと親父にも頼んであるし」
「そのお金、誰が出すのよお!」
「いいじゃん。みんな喜んでるし」
「んもう!……あら?」
「なに?」
「大皇后さまの香の匂い、どっかで嗅いだ気が…」
「へ?!」
「どこだったかしら…あ、ちょっと!なんで逃げるのよ!キミ」
「内臣は忙しいんだよ!!」
カマタリは逃げるように駆け出した。
〜 67 内臣はいそがしいっ! 〜完
【年表】
◼ 637年武照、太宗の後宮に入る
◼ ︎643年。山背大兄王死去
中臣真人(藤原チカタ)誕生
◼ ︎645年。蘇我入鹿暗殺
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年
・中大兄皇子 飛鳥に戻る
・孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
(=φωφ=)あとがき。
このころ飛鳥では道士たちによるヤマト破壊計画が着々と進んでいるのですが、主人公がこんなほのぼの緊張感が無くて良いのでしょうか?
> 水路工事
まぁじっさいには中臣鎌足公も指示してる側だと思いますが、どうなんでしょうね。




