66 龍神の剣(ツルギ)
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王・鏡王女
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
その時、また緑色の鎌が飛んで来てカマタリの目の前に突き刺さった。
「フツのミタマ!」
カマタリは鎌をつかみざまに横薙ぎに斬払らう。
中大兄皇子はとっさに飛び退いた。
魔王が退いた!
王こと高志才智も驚きの表情をしている。
なぜ無敵の魔王が、あのていどの攻撃から退いたのかが理解できないようだ。
カマタリは息つぎしながら立ち上がると緑色の鎌を構える。
やはり!あの大魔王ですらこの鎌を恐れている!
古代の紋様が彫られた鎌の柄には緑色に輝く刃が付いていた。
この新しい刃はまるで宝石のような… いや、これは翡翠ではないか。
そういえば小狐丸の岩屋には巨大な翡翠の原石が転がっていた。
あの部屋を埋め尽くしていた鋼の刃で巨大な霊石を何年もかけて少しずつ削って切り出したに違いない。
この翡翠の刃には強力な霊力がみなぎっている。
これなら負けない!
カマタリは獣神化して走り出す。
高速で飛び込みざまに中大兄皇子を鎌で薙ぎ払おうとしたが、その手前に巨大な呪符の壁が現れてカマタリを弾き飛ばした。
振り向けば王がヒラリと呪符を手にしている。
「“天皇”の御前でこの様な振る舞いは感心ささませんね、頭が高いですよ」
王は暗く微笑む。
(“天皇”?大王の事か?)
この時代、天皇は神の子孫とはされていたが、天皇の言葉はまだ無い。
皇帝をあえて“天皇”と名乗る。
その理由は分からないが、倭国の国土を改造し、国体を天に結びつける。
そこに王たちの目的があるのではないか?
王が呪符を頭上に飛ばすと上空から呪符の壁が現れて高重力でカマタリを押し潰す。
「ぐあっ!」
床がグニャグニャに波打ち、支えていた手足がめり込んだ。ふつうの人間体ならばペシャンコに潰されていたはずだ。
カマタリは転がるように鎌で空間を薙ぎ払うと真っ二つに切れた呪符がパラリと舞い落ち、強力な重力から解放される。
だが次の瞬間、カマタリは青い巨猿に弾き飛ばされて床を転がる。
孫少年の変身した青猿。大妖怪、斉天大聖である。
青い大猿は前回の巨大な身体と違って、今回は三メートルほどの大きさだが、スピードは早く、棒を恐るべき威力で振り回し打ち込んで来る。
カマタリの獣神体は鎌で大猿の棒術を受け返した。火花と閃光が走ると地響きで太極殿がゆれ、やがて超音速の戦いにより地響きが起こり太極殿の柱が振動し始める。
カマタリは失血と痛みで戦いながら意識を失っていくその時、ひとりでにフツノミタマの刃が開き、鎌から剣に変わった。
カマタリは無意識に切っ先を青猿に向けた。
青猿は目を見開き動きが止まった。
強力な魔力を悟ったのだ。
「まずい!」
フツノミタマの威力を察した王は月牙鏟を取り出すが、間に合わない。
「雷……」
カマタリの緑に輝く剣の切っ先から、紫光とともに稲妻の束が発射される。
世界は一瞬で白い光で覆われた。
「しまった!」まばゆい光に王は顔をそむける。
電撃の威力が前回とケタが違う。
斉天大聖は強力な雷光に撃たれて、肉が弾け吹き飛んだ。
柱が砕け太極殿が揺れてきしむ。
「ちぃっ!」
王は月牙鏟を振り回せば空間に真っ赤な口が開き、そこから真っ赤な滝のように獄炎が吹き出し、太極殿の壁を吹き飛ばした。
太極殿は半分以上が焼け崩れ、燃える屋根からは青空が見えている。
カマタリは地獄の炎に飲み込まれて消えた。
「これはご無礼いたしました、“天皇”陛下」
王は月牙鏟を背後に隠し、寶皇女と中大兄皇子に向かって仰々(ぎょうぎょう)しく一礼する。
王は暗い笑みを浮かべながら横目でチカタを見る。
チカタは人間体に戻った孫少年を担ぎ上げながら、無表情に上空を見上げていた。
王はその視線に気づき、あわてて上空を見上げる。
空には頭に仮面を付けた魔獣が、焼け焦げたカマタリを背中に乗せているのが見える。
小狐丸である。
魔獣小狐丸の背中で、カマタリは虚な目線でチカタを見た。
「チカタ……お前…」
魔獣は黒い翼を広げて北の空に飛び去った。
王はそれを見送ると横目でチカタを睨み付けた。
チカタは平然と師に対して一礼し、孫少年を担ぎながら地獄の井戸へと去って行く。
「…あいつには見えていたのか…」
王は冷たい目で立ち尽くしていた。
黄昏の水辺。
目の前には赤黒い空に透明な水が果てしなく広がっている。
根之堅洲國である。
「またここかよ!」
どうやらカマタリは『また』殺されてしまったようだ。
と…いう事は今ごろ自分の肉体は間人皇女と…
彼女の柔らかな肌を想像しただけで思わずカマタリは前屈みにうずくまった。
「コラ、神聖な霊界で何をやっておるのだお前は」
いつの間にかイヒカ姫が目の前の水辺に現れていた。
というか今回は蛇身ではなく人間体だ。
貫頭衣の下からスラリと伸びた脚が目の前にある。
カマタリは思わず「おお!」と身を乗り出すとイヒカ姫に顔面を蹴り倒される。
「あたたた、殺す気ですか」
顔面に足あとがついたままカマタリは起き上がる
「大丈夫だ、お前はもう死んでいる」
「まぁたしかに…しかし今日はなぜまたそのお姿で?」
「ボーイフレンドが来たのでな、サービスじゃ」
イヒカ姫はスラリと伸びた脚を水辺から上げてセクシーポーズをとった。
「ボーイフレンドって?………うわっ!!」
振り返るといつの間にか隣に小狐丸が居た。
「コヤツめ、また妾の『ツルギ』が見たいと言ってな」
イヒカ姫は頬に手をあてて顔を赤らめる。
小狐丸は無言でうなずいた。
神聖な霊界でナニをやっているのやら。
「ところでそのツルギって、いったい何なんすか?」
「だから『龍神の剣』に決まっているじゃろ」
「龍神の…剣?」
「お前も持っておるじゃろうが!」
「え?俺が?」
と…そこでまた目が覚めた。
「うわっ!」
目の前に女性の下半身があった。
「いゃ〜ん、せっかく楽しんでたのにもう起きたのぉ」
カマタリの下半身の方から声がする。
やはり間人皇女である。
「というか楽しんでたって、ナニを?」
間人皇女は軽く柔らかい身体をしならせてカマタリの上に寝そべる。あああ、猫のようにかわいい。
「ふふ、今回は回復が早いのね」
「え?回復が早い」
そういえば身体が軽い。急激に回復力が上がって来たようだ。
ひょっとしたら根之堅洲國で禊をする事により、神としてのパワーが蘇えっているのかもしれない。
エネルギーが体内を駆け巡っているのが分かる。
(死んで蘇えるとパワーアップするのか…)
ニライカナイ
東の海の彼方にあるという死後の異世界である。
そこは生命エネルギーの源流でもあると言われる。
かつて大国主が死と復活を繰り返しながらパワーアップしていったように、カマタリもまた死ぬ事により『根の国』のエネルギーを吸収してきたのである。
「せっかくのエネルギー満タンなので、お代わりをお願いします」
「いいわよ来て」
カマタリは間人皇女の胸に顔をうずめた。
「あ〜夢のようだ」
こうして今回もまたせっかくの神界のエネルギーがムダに消費されてしまったのであた。
深夜、カマタリはふらふらと帰宅しながら、ふと思い出した。
「そういえばイヒカ姫は『龍神の剣』とか言っていたな…何だっけ?」
何か非常に重要な記憶である気がするが…何だっけ?
カマタリはしばらく立ち止まっていたが、ふと思い立ち、翌朝、飛鳥にある中臣の屋敷へと向かった。
神祇官の長、中臣御食子の屋敷である。
「父上!父上〜っ!」
「何じゃい息子よ、え〜…」
「カマタリです」
「おお、そうじゃカマタリよ」
「いや、いつもの小ネタで遊んでいる場合ではありませんよ父上『イヒカ姫』という姫神をご存知でしょうか?」
「イヒカ姫?」
御食子は白いヒゲをなでながら首をかしげる。
「こう下半身がヘビのシッポのような姿で根之堅洲國の水辺に棲まう龍神と聞きました」
「水辺のシッポ…おお!吉野の井光姫様か」
「そう!その姫神です!やはりご存知でしたか!」
「井光姫様がどうなされたか?」
「死後の世界で会ったのですが」
「な?死後の世界じゃと!」
「あ、いえ死後の世界の夢の中の話です」
「…そうなのか」
御食子はびみょうな表情で納得した。
「その夢の中でですね。こう薄明るい赤い空の、こう透き通った冷たい水が広がっていてですね。イヒカ姫はこのぐらいのミニの貫頭衣でして」
「ずいぶんリアルな夢じゃな」
「そのさいにイヒカ姫から何か重要な御神託を聞いた気がするのですが、どうしても思い出せないのです」
「それは常世の国の記憶だからじゃろうな」
「常世の国の記憶?」
「根之堅洲國のある『常世』とは海の彼方にある異世界のことじゃ。そこでは時間の流れが違う」
「時間の流れが違うのですか?」
「そうじゃな、例えば人間が常世から現世に戻って来ると、時間が進み過ぎていたり、若者が老人になっていたり、子どもが歳をとらなかったりすると聞く。これは常世の時間進行が現世とは全く違うからじゃ。
だから常世の記憶もまた時間に逆行したり時間を飛び越したりしてしまうのじゃ」
この中臣御食子の言う時間軸の混乱現象を描いているのが、浦島太郎が竜宮城へ行ったさいのエピソードである。時間が何百年と変動し、若者が老人に変わってしまう。
この時空間の変動を利用したのが地獄の井戸である。
「では『龍神の剣』とは何かご存知でしょうか?」
「うむ、竜宮城に棲まう龍王たちはいくつかの宝を持っていると言われるな。そして龍は尻尾に剣を持つと聞くが、おそらくその事じゃろう」
「龍の尻尾に剣?」
「ヤマタのオロチの尻尾にも草薙剣があったじゃろ。龍やオロチは尻尾に剣を持っておるのじゃ」
「なるほど!そういえば」
「須佐之男命がヤマタのオロチを斬ったさい、そのオロチの体内にあった草薙剣に当たって天十握剣の切先が欠けてしまったと聞く。フツノミタマの剣をも砕くとは恐るべき霊剣であるな」
「え?フツノミタマ!」
「さよう。天十握剣とは『天羽々斬』と言ってな。羽々(ハハ)とは大蛇の事じゃな。
『蛇の麁正』とも言い、それを切った剣を別名フツノミタマの剣という」
そうか!小狐丸が造った剣は、もともと『龍神の剣』を本歌とした写しだったのか。
龍神の剣を依代にして龍神を斬る霊力を呼び出している仕組みか。
「父上、今その剣はどこに!」
「天十握剣は、布留の石上の宮にある」
「石上!」
「そうじゃ石上布留高庭(現在の石上神宮)じゃな」
つながった!中大兄皇子や高志才智の計略が石上で一致した。
彼らは何をしようとしているのだ?
「フツノミタマの本歌…まさか…ヤマタのオロチ…」
「なんじゃと?」
「あ、いえ父上!ありがとうございました」
カマタリは再び難波京に向かって走り出す。
「そうか『龍神の剣』とは龍のシッポにある剣の事か…ん?まてよ」
ふとイヒカ姫の言葉を思い出した。
(お前も持っておるじゃろうが!)
俺が『龍神の剣』を持っている?
龍神の………あっ!
カマタリは自宅の屋敷に駆け込むなり額田姫王に顔を寄せて詰め寄る。
「鏡さんっ!」
「なななななっ!何よいきなり!」
額田姫王は顔を赤らめた。
「キミの尻尾を見せて欲しいんだ」
「はあ?」
「ちょっと尻尾を見せて!」
カマタリが額田姫王の裳をめくり上げて、両手で尻をつかむとガバッと広げた。
次の瞬間、振り向きざまに膝蹴りがカマタリの顔面をとらえ、さらに渾身のグーパンチにカマタリは吹き飛ばされた。
〜 66 龍神の剣 〜完
【年表】
◼ 637年武照、太宗の後宮に入る
◼ ︎643年。山背大兄王死去
中臣真人(藤原チカタ)誕生
◼ ︎645年。蘇我入鹿暗殺
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年
・中大兄皇子 飛鳥に戻る
・孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
(=φωφ=)あとがき。
> 天十握剣
素戔鳴命の佩刀ですね。
最初の剣はお姉さまに噛み砕かれてしまったので、八岐大蛇を退治したのは別な剣でしょうか?
草薙剣は素戔鳴命の天十握剣より強いという事になります。
>中臣御食子
推古天皇の時代の人なので、この時代に生きてる可能性は低い気もしますが、まさかこんな便利なキャラになろうとは。




